風神竜の災難

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風神竜の災難

 リリアンスとシーちゃん達の紛争を始め、それからの二百年ほどは世界の激動の時代でした。三大陸はそれぞれルカ、ピノール、グランティスの王家が一応の覇権を握り、それぞれの大陸の名称となりました。  とはいえ、私にとっていかに世界情勢が動こうとも大した関心事ではありません。私達にとって意味のある動きがあったのは、新暦三〇三年になってのことでした。 「まさかあなたが実体を持って存在したなんてね……風神竜ユーリーン……!」  彼は私同様、出自のわからないお子様で、どこかの孤児院で暮らしていたようです。それを諜報活動を行っていた精霊が偶然に見つけ、G(グランティス)大陸のリリアンスの元へ連れ帰りました。「同胞を連れ帰ったら彼女が喜ぶだろうなぁ」程度の気持ちでしかなかったのですが、リリアンスの歓喜は想像以上のものでした。 「わたしはリリアンス。あなたはきょうだいなのだから遠慮なく『リリア』って呼んでね。わたしも『ユーリ』って呼ばせてもらうから」  きょうだいと言われても、彼……ユーリにはその記憶はありません。私も他の神竜達も、生まれて二十年経ち成体となるまではその自覚はないのです。  可哀想なことに、物心つく前にここへ拉致されてきたユーリには孤児院での記憶もありません。最初の記憶がこうしてリリアに迫られている場面であり、彼はただただ彼女に恐怖しか抱いていませんでした。 「わたし……いいえ、源泉竜はねぇ。太陽竜をも超える『無限に湧く魔力』を持っていたから、怖れるものも未知のものも何ひとつなかったのよ。ただひとり、風神竜……あなた以外はね!」  風神竜様は名前と存在こそ周知されていましたが、実体の見えない神竜でした。まぁ、「風」を象徴とするのだから目に見えなくとも不思議ではありません。魂だけでさまよっておられたのか? 何を司る神竜であるのか? その真相は今も昔も謎のままです。 「だからあなたの魂を見つけたらそこに閉じ込めておくためだけの魂のない空っぽの竜の子……『器竜』まで用意して待っていたのよ? その子はこの大陸にいないからどっちにしろ使えなかったでしょうけど……ともかく。わたしがどれほどあなたに会いたかったかわかってくれた? ねぇ、ユーリ」  リリアは元より女性としては大柄ですし、まだ四歳? 前後のユーリに圧し掛かりそうに迫り、大きな手のひらで両頬を挟むように頭を固定する。そんな行動に幼い体を震わせていました。恐ろしすぎて涙も泣き声も絞り出せない様子でした。
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