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クウ・ハセザワ
……そうして幼くして精霊の森に捕らわれたユーリに、私はどこかツバサ様を思い出して胸が苦しくなります。ツバサ様と違って足を固定されたり個室に幽閉されてはいないのですが、常に精霊の誰かの監視の目があり、森を抜けだすことが出来ません。
ユーリが十歳くらいになった頃でしたか、ひとりの人間の青年が精霊の森を訪れました。
リリアの率いる精霊族は「統一軍」を名乗り、人間からも兵士を募っていました。統一軍の理念は精霊族の支配で三大陸を統一すること。どこからそれだけの資金を調達しているのか不透明ですが、他の軍の提示するよりも破格な報酬で知られていました。
得体のしれない精霊の下に就くことに抵抗のあるのが一般的な感性の人の判断でしょうが、とにかくすぐに大金が欲しい人、他に勤められないわけありの人など志願者も少なからずいました。
「ん? ずいぶんちっこいのもいるんだな。おまえも兵士か……そんなはずないだろって? だよなー」
彼は典型的な「とにかく今すぐ大金が欲しい人」で、軽い気持ちで統一軍を訪れて期間限定で雇われた傭兵でした。
「俺はクウ・ハセザワクウ・ハセザワ! 親の残してくれた家と体の弱い奥さんとその腹ん中の子供以外にゃなーんも持ち合わせてない果報者だぜ」
ユーリに説明した通りの事情で、彼はとりあえずの出産費用が欲しいがために統一軍に参加したのです。教育を受けた経験もなく貧しいけれど、幸せ者ではあると自負している。その独特な自己紹介で、ユーリの印象に強く刻まれました。
統一軍にいる兵士は精霊、人間問わず、リリアの不興を買うことを怖れユーリに必要以上に接触する者は少なかったです。そんな中で彼は空気を読まず、気安く親しげにユーリに話しかけ笑いかけるのです。
半年にも満たないわずかなお勤めを経て統一軍との契約を終えた彼は、妻の待つP大陸へ帰ります。その挨拶のため、最後にユーリの顔を見ようと彼を訪ねました。
その時……ユーリは思わず手を出し、彼の服の裾を掴んでしまいました。
「クー……オレ、もう、ここにいたくないんだ……」
この森へ捕らわれて一度も、誰にも助けを求めず……いいえ。意図的に我慢してそうしていたのではなく、心を許し打ち明けられる相手が誰もいなかっただけなのでしょう。初めて助けを求めた相手がクウ・ハセザワでした。
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