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「だったら俺と一緒に行くか。ユーって兵役じゃないんだろ? 給料貰えてないんならいつ出て行ったってかんけーないじゃん」
彼はリリアがいかにユーリに執着しているのか。勝手に連れ出すことがどんな結果を招くかなど何も考えていませんでした。統一軍からの報奨金とごく一部の手荷物を入れただけの小さなカバンを左手に、右手に小さな手を繋いで森を抜けました。
私達の旅でもそうだったように、G大陸の港町へ向かうためにクウは遊牧民の馬車を雇って草原を移動していました。その馬車の中で。
「おまえの名前はこれから『ユウ・ハセザワ』な」
「ユウ……?」
「俺、でーっかいもんが好きなんだ。生まれてくる子供の名前もみーんなそれで揃えてっからさ」
おまえは俺の生まれてくる子供の兄貴になるんだよ。楽しそうだろ? 子供が生まれるような大人だというのに、そう語る彼の方がまるで子供みたいに屈託なく笑うのです。
この時点ではユーリはまだ、それを素直に楽しみだと。嬉しいと思える心境でいられました。
港町について、P大陸へと出港する間近の船の乗車券を二人分購入出来たという段階になってのこと。
「ユウ。こいつを持って船に乗って、先に俺の故郷へ行っててくれ」
P大陸アルディア村に住むリル・ハセザワ。それが彼の妻の名前であると聞かされ、統一軍で得た報奨金のほぼ全てが入ったカバンを、彼はユーリへ押しつけました。
「次の船で俺もこの大陸を出る。子供が大金持ってるんだし、また悪い奴らに捕まらないよう気を付けろよな」
クウ・ハセザワは何といいますか……ある意味では私と通じるところもある楽天的な思考の方でした。とりあえず努力さえすれば最悪の事態は回避されるだろうと考えがちというか。
統一軍からの追っ手に気付いた彼は、相手の本気度など知らなかったのもあって、簡単に追い払えるだろうと侮っていたのです。だからこそ軽い気持ちで港に残り、追っ手を待ち構えていました。
彼は最後まで、統一軍が何ゆえにひとりの子供にこれほど執着するのか理解出来ないまま、人知れずその生涯を終えてしまいました。
ユーリですら、彼の死を知る術はありません。それでもユーリは胸騒ぎを覚え……自分が助けを求めたばかりに、何の関係もない親しい者の人生を害してしまった可能性を思い。
「ごめん……クー……ごめん、なさい……ッ」
船室の隅っこで膝を抱えて、ひとりぼっちで泣いていました。
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