リル・ハセザワ

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リル・ハセザワ

 第二大陸はピノール王家に統治されていて、対立勢力もないために三大陸で最も治安が良く、住民の性質も穏やかであると知られています。  アルディア村というのは王都からもやや離れた森の中にある集落で、P大陸の中でも最も平和な村、などと呼ばれていました。  必要最小限、道一本分だけ木を伐採して大通りを設け、左右に民家を隙間なく並べています。森の恵みと共に暮らすため、質素な暮らしを良しとしています。田畑を作ろうとすると大量の木を伐採しなければならないのでそれは出来ず、少しずつ木を切りつつ切った分だけの植樹に励み、森で採れる肉と限られた土地での畜産で食いつないでいました。  もうひとつ、アルディア村を語る上で欠かせない産業がありました。それは保養地としての側面です。  少しでも収入を得るため、アルディア村では毎月一度、大規模な催事を行います。お祭りを楽しむために訪れる人々を徹底してもてなし、日々の疲れを癒していただく。当初こそ苦肉の策で始めたことですが、収入が増えたばかりか住民の働き口にもなり、仕事を求めて移住する人もありと試みは大成功だったようです。  P大陸に渡ったユーリは、特に危険もなくアルディア村へ辿り着くことが出来ました。さしもの精霊族も大陸を離れられてしまえばそう容易く追いかけることが出来ないようです。  リル・ハセザワを見つけたユーリは、自分がここに来た事情と、クウ・ハセザワとG大陸で別れてしまったことを話しました。いよいよ出産を控えた時期になっても彼が戻らなかったので、 「オレを助けるために、あなたから夫を……生まれる子供達から父親を奪ってしまったのかもしれない」  そう、悔恨しました。しかし、彼女の反応はユーリの想像とは違いました。 「私はあなたを責められないのよ。クーはいつでもそういう人で、私だってあなたとおんなじような流れで彼に助けられたんだもの」  彼女もまた身寄りがなく、おまけに体も弱く。王都の路上で朽ち果てるのを待つ覚悟でした。出稼ぎに訪れていた彼はそんな彼女を目に留めたのです。 「俺が安心してどこででも稼げるように、アルディア村で俺の家を守る仕事に就くってーのはどうだ?」  親が残してくれた、たったひとつの持ち物だから空けっ放しにしておくのが忍びない。そう言ってくれてクーは私をここへ連れてきてくれたの。ほら、あなたも私もおんなじでしょう? 「あなたは何にも悪くないよ。もう気にしないで、これからここで幸せに暮らしましょう。私と、弟達と一緒にね」  大きなお腹を潰してしまいそうに力強く、彼女はユーリを抱き寄せて頭を撫でました。
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