サイレントロマンチカ

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「恋をしませんか? これから、あたしと。食事をしたり、映画を観たり、しなくて構わないわ」 「愛し合いませんか? 今夜ふたりきりで。口づけしたり、抱き合ったり。して欲しい、してあげる」 ☆彡  立ち込めた白い湯気の向こうに見える太い首と大きな肩に、あたしは石鹸(ソープ)で濡れた手を滑らせた。無駄のない滑らかな筋肉、その軌道にはじめて抵抗を感じた。 「ごめん。古傷があって」 「気にしないで。あたしたちにあるのは今だけよ」  あたしは腕を前にまわすと、彼の背中に形が自慢の胸を押し付けた。こすりつけるようにその背中を洗う内、あたしの胸の硬くなった部分に刺激が走り出す。  彼の厚い胸板の突起を刺激した指先を、迷路のような腹筋に這わせてゆくと、嘘偽りのない彼の硬くなった気持ちに触れる。その形を感じ取るように手で弄りながら、あたしの中に入ってくる想像をして唇を噛んだ。  気持ちを悟られたのか、彼が振り返り向かい合った。無骨に見えるくせに、あたしが映りそうなほど綺麗な瞳。彼は視線を逸らさぬまま、反り返ったものをゆっくりとあたしの太腿の間に差し入れる。その先端のクビレが、あたしの膨らんで敏感になった蕾を何度もノックした。  古いアパートメントを利用した宿屋の窓は、備え付きのオイルヒーターで白く濡れていた。安っぽい天蓋付きのパイプベッドで、彼は産毛の感触を味わうように、あたしの肌を撫でた。下腹部に顔をうずめると、やわらかな唇で花弁をつまみ、濡れた舌先があたしを芯まで熱くした。 やがて優しさを帯びた力強さに、あたしは彼の上で浮遊感に溺れながら果てた。 互いが果てた余韻に微睡(まどろ)んでいると、ピピピッと枕元にあった彼の腕時計が時を告げる。 横になったまま彼はあたしを後ろから抱き締めて、耳を噛むと片手で胸を揉み上げた。もう片方の手が腿を撫でて渓谷に分け入ると、その指先が蕾を弄び花弁を潤してゆく。 「ああっ……」  彼に三か所を攻められて、自然と声が漏れた。そうして後ろから熱いモノを受け入れたあたしは、彼の引き締まった足に爪痕を残して果てた。 「シャワーは浴びないの?」  ベッドを降りると着替えを始めた彼の背中に声をかける。 「ごめん。終電がある」 「そ」  彼の視線を感じて顔を向けると、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。最後まであたしなんかに気を遣って、どこまでも優しくされると本気になってしまいそうで困る。あたしは気にしてないと肩をすくめて見せた。 「良かったら名刺もらえるかな」 「あたしたちの出会いに必然なんてないわ。でもー、もしまた会いたくなったなら。この匂いを探してみて」  あたしはブラジャーを放り投げると、片手で受け取った彼がどうするかも見ずに背を向けた。 「そっか。今日は、ありがとう」  彼の声を背に、あたしはシャワールームに入った。  全身を伝う熱いシャワーが、何もかもなかった事にしてくれる。着替えを済ませると、灰皿の下に置かれた紙幣を上着のポケットにねじ込む。  外へ出ると白い息を多めに吐き出して、いつもより電飾の多い通りを歩き出す。何気なく店先のショーケースで足が止まり、ポケットの紙幣が乾いた音をたてた。 「今日くらい、いっか」 あたしはあたしの値段の欠片で、行き先をなくした半額のケーキを買って帰った。 ☆彡 「愛し合いませんか? 今夜ふたりきりで。髪を撫でて、指を絡めて、夢でも見ませんか?」  あたしは通りすがりに買われてゆく。散るために咲いた花。 〈Fin〉or〈Aafter Episode〉
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