10人が本棚に入れています
本棚に追加
/235ページ
いったいどうやったら、弟はもとの姿に戻ってくれるのか。
「あんたはどう思ってんの」
わっかんない。
多幸感に包まれ、ふわふわした幸哉の声に、私は苛々させられる。
「幸哉、そのまんまじゃまずいでしょう。一生そのままでいる気なの」
――まともに死ねるかも、わからないんだから。
あえて出かかったその言葉は呑みこんだ。
私が言葉を濁すと、幸哉はえへへと笑う。笑いながら足を折り、あっという間にうたた寝をはじめた。
たとえば、と私はうたた寝をする幸哉を前に思う。
人間だったなら、のどを掻き切れば死ぬだろう。
牛だったなら、のどを掻き切れば死ぬだろう。
しかしいまの幸哉は、人間でも牛でもない。
食事を摂らず、排泄もしない。
たまに歌い出し、口を半開きにしてテレビを眺め、かけ算九九をそらんじ、呆けたかと思えばなにやらご満悦な顔をする。
私の弟は、いまはそれだけだ。
幸哉が大丈夫でないことくらい、とうにわかっていた。
話しかければこたえるが、どうにもねじが緩んでしまっていて、幸哉には危機感がない。
天罰覿面。
いったい弟は、まっとうな死を迎えられるのか。
最初のコメントを投稿しよう!