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土地は売り出されているが、残念ながら買い手は現れていない。
おかげで、近隣から我が家は孤立している。
あの家で暮らしているはずの弟の姿が見えない――そういって訝しむ隣人がいないのは助かった。しかしいつどんな視線があるかわからず、念のため幸哉の服も洗っている状況になっている。
目を向けた空き地は、背の高い草が我が世を謳歌していた。幸哉が化けものになる前は、蚊やらなにやらわからぬ虫がわいて、ひどく苛々させられた空き地だったのだ。
いまは私の背丈を越え悠々と夏の風に揺れる雑草に、私たちは守られている。
願わくば、この状況ができるだけ長く続きますように。
ねえさぁん。
「なぁに」
邪険に返した。
ねえさぁん、ちょっときてぇ。
「なんなのよ」
いいから、きてぇ。
早急さのない声に呼ばれ、家に戻る。
苛立ちにため息をついた私の耳に、はやくぅ、と幸哉の緩慢に伸びる声が届く。
どこから入ったのか、大きなトノサマバッタが居間を飛びまわっていた。
こわいぃ。
弟は涙目で私を見上げる。
「ずいぶん大きいね」
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