10人が本棚に入れています
本棚に追加
/235ページ
白い端正な顔を乗せた身体は、黒毛にてりてりと光る立派な牛――滑稽な姿だ。
壁のホワイトボードに、幸哉への伝言を残す。
でかけます、と短い一文だ。
伝言は、以前はもっと長かった。
――どこにいってなにをする、このくらい時間がかかると思う、遅くならないようにする。
私がいない間、ひとりになった幸哉の孤独感がすこしでも軽くなるように――私が気にかけているのだと知らせたいがために、書きこめるだけ書きこんでいた。
しかし毎回書いていた文章は、次第に短くなっていった。
幸哉が文章を理解できなくなっていると気がついてしまうと、一方通行の伝言の虚しさは私を打ちのめした。
未練がましく伝言を残しているものの、いつかなにも書き残さない日がくるのではないか。その日を思うと、私はすこし気が滅入る。
なにかあっても、幸哉は私に連絡が取れないのだ。
弟は電話も使えなければ、閉じた扉も開けられない。
誰にも助けを求められない。
居間につながる廊下と台所だけが、いまの幸哉の全世界だ。
最初のコメントを投稿しよう!