叫べ、本能の赴くままに

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叫べ、本能の赴くままに

 ◆ 「お、終わった~~。じ、地獄。いつから私の人生ヘルモードになったの……!」  居残りを終えたありすは、校門前で待っていてくれたユリと夏音、瑠々と合流し、死にそうな魚みたいな目をしてみせた。  まあ、ありすにしては頑張ったな。 三人はそう思いつつ、四人で帰路につく。  やはり、ありすの事が気掛かりだった三人は、部活と委員会を早々に切り上げ、『校門前で待っている』とありすのスマホにメッセージを送っていたのだ。 「ねぇ~~、ちょっと遊んでこうよぉ~~。今日の学校での最後の思い出が補習だなんて最悪だよ~~。冷蔵庫にレアチーズ入っていると思ったら形が綺麗な豆腐だった時ぐらい最悪」 「微妙に共感出来ない例えだな……。まぁ、それならカラオケでも行くか?」 「私、行った事無いわ」 「私もです」 「おお! それじゃあ、ユリとルーちゃんのデビュー戦も兼ねて、皆でカラオケだぜ! いやっほぉおお~~!」 「分かったから、道端でブリッジしないで」  テンションが最高潮のありすを、ユリが冷静に捌いた。  今まで事故が起こらなかったのは全てユリのお陰である事を、夏音と瑠々はまだ知らない。  何だかんだでカラオケにやってきた四人は、ありすの勧めでしっかりドリンクバーを付けて、取り敢えず二時間歌う事になった。 「何歌う~~? 取り敢えず、J-POPの最近の曲でもいっときますかい!」  ありすは慣れた手つきで曲を選択し、マイクを手に持った。 「知ってたら合いの手宜しくぅぁぁぁぁい~~!」  既に変なテンションのありすが、マイク越しにシャウトする。  多分、絶対に知らないアーティストなんだろうな。  ユリと瑠々の二人は奇しくも同じ事を思った。  そんな二人の不安を後押しするかのように、重低音のドラムと甲高いエレキギターのコラボが室内に轟く。 「ちょっ……ヘビメタ!?」  ユリが思わず耳を押さえた。 「絶対J-POPじゃないですね!」 「これは……『デリンジャー』か!」 「夏音知ってた!」 「んなまぁりぃだぁああえああまぁあああえ~~~~っ! んのぉおおおお~~~~~あんめぇぇぇええやぁぁぁ~~~~! よりがああぉおおぉおおぉあああ~~! ぶっでぇえんもおおおおぉおおろああ~~!」 *鉛弾の雨や槍が降っても 「どういう歌い方!?」 「こ、これ日本語なんでしょうか……」 「か、完全再現かよ……! 凄ぇなありす!」 「何か極めて正確みたいよ!?」 「うぉおおあだぁぁじぃぃぃぇええあ~~! をんずぁぁぁぁめりぃぇえぁぁぁ~~、いうぉおおくぁぁぁ~~!」 *私は納めに行く 「『デリンジャー』は女性四人で構成されたバンドグループだ、高校からのダチらしいぜ。──何かアタシ達みたいだよな!」  夏音は目を輝かせながらユリと瑠々の方を見るが。 「ゴメン、何か情報が入ってこないわ……」 「私もです……」  この温度差である。 「をんずぁぁぁぁめりぃぇえぁぁぁ~~、いうぉおおくぁぁぁ~~! 行っくぜぇえええ~~! 年貢! 年貢! 年貢! 年貢! 年貢! 年貢! 年貢! ぬぇえええあ~~ぐぅうぉおおあああ~~!!」 「そして今どういう状況なワケ!?」 「このバンドは過去の懐かしい気持ちにフォーカスして曲を創るからな」 「昔過ぎない!?」 「そして、この曲『初恋』はデビュー曲なんだぜ!」 「何処に甘酸っぱい恋愛要素が!?」  そうこう言っている間に、ありすは壮絶に歌い上げ、完全燃焼した。  肩で息をし、汗も滲んでいる。 「ふぅ~~。どうだった、ユリ、ルーちゃん。今の曲!」 「──ゴメン、今は何も浮かばない」 「私も……お腹いっぱいです」  その二人の感想を聞いたありすは夏音と目を合わせ。 「よっしゃあ!」とハイタッチした。  何が「よっしゃあ」なのかは分からないが、複雑な世界観が存在しているようだ。  これが音楽性の違いというヤツなんだろうか。 「よっしゃあああ~~! 次、いっくよぉおお~~!」 「もう歌うつもり……!?」 「この人の喉どうなっているんでしょうか……!」  二人の心配を他所に、ありすは次の曲を自ら選曲した。  入れたのは『デス・ブラウン・デス』の『ワイルド・デス』という曲である。 「デス入れ過ぎなのでは……!?」  そんな瑠々の指摘に反するように、流れてきたのはゆったりとしたギターと、繊細かつ優美なピアノ。  バラード調の曲である。  「僕達が~出会って~。何れぐらい~夕日を~一緒に見ただろう。隣の君が好きなのに~また言えなくて~帰り道。友達の君と見る夕日~ずっと同じ道~」  それは、普通に良い歌だった。 一切ふざける事も無く、黙々と切ない系のバラードを真面目に歌うありす。  かなり上手いので、ユリ達は聞き入り、共感し。  ──涙した。 「ふぅ~~。どうだった、ユリ、ルーちゃん。この曲は!」 「──ゴメン、今は何も……言えない」 「私も……胸が一杯です」  そう言って、ハンカチで涙を拭う二人。 「私は、『あの星と同じ』って歌詞で涙が出ちゃって」 「え、違うよユリ。『あの星』じゃなくて、『あのはぁし』って発音しないと」 「良いでしょ別に!」  ハンカチ片手に涙声で訴えるユリ。  その隣の瑠々も、あの星と同じ状況であった。 「っていうか、これ完全に曲とバンド名合ってないですよ! あと曲名。さっきの『デリンジャー』と曲名入れ替えた方が良いですって!」 「私も同感ね。デス二つも入れてるグループが作ったとは思えない程の優しさが詰まってるわ」 「まあ、このバンドの名前は略称らしいからな」 「え? 略称ですか?」 「ああ。(宜しくお願いします)デス・ブラウン・(という者)デスの略称らしい」 「丁寧語の方だった!?」 「滅茶苦茶礼儀正しい人達だったんですね!?」  その後も、殆どありすがマイクを独占し、あっという間に二時間が経過する。  歌う機会が無かったユリと瑠々だったが。  泣いたり笑ったり。  ツッコミを入れたり。  二人にとっては充実した時間となった。 「ど~だっだ? ぶだりども」 「あんた声酷いわよ?」 「ありすさんには無縁だと思いますが、風邪引かないで下さいね」 「しかし、久しぶりに遊んだな~」  帰路に着く四人は、すっかり暗くなった空を見上げて。  笑っていた。 「また、行きましょう。料理部の、この四人で」  ユリがそんな事を言うのは珍しかった。  しかし、ありすと瑠々、夏音は声を合わせて「勿論」と答える。  仕方ないから、明日は料理部に顔を出すか。  三人は、そう思った。
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