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戦慄はいつも側にいます
◆
「けっ……………………欠………席………………だと……………!? あの、黒織が!? 風邪!? 馬鹿な!?」
次の日。
ホームルームでユリが担任に告げた衝撃の一言に。
教室が凍り付いた。
ありす欠席の知らせを受けた生徒達はザワザワとどよめき。
信じられない、といった様子である。
馬鹿は風邪を引かない。
それが何の根拠も無い迷信である事を、この日。
その場にいた全員は理解したのである。
ありす不在のまま、授業は普段よりもスムーズに進み。
何のトラブルも起きる事無く終わって行く。
肩透かしを食らったような、あるいは手応えの無いような。
普通の日常。
ユリ、瑠々、夏音の三人はいつものように固まって昼食を食べたが。
何か物足りない。
そんな気が、放課後までずっと頭の中にあった。
「……うん。アイツってさ、やっぱり特別なんだよな」
三人は学校が終わって、ありすの家に向かって歩いている。
特に届けるモノは無いのだが、少し様子を見ておきたかったのだ。
「確かに、そうですね。ありすさんって、控え目に言って物凄く変わってますけど、誰とでも仲良くなれるっていうか。クラス単位じゃなくて、先生達も含めた学校単位で、中心にいるって感じです」
ユリが笑った。
「でも。今日は結構、のんびりさせて貰ったわ」
「ああ~~、ユリさんはそうかも知れませんね」
「小学校からの付き合いだっけか?」
「そうね。今考えると、何で今まで一緒にいたのか、不思議なくらいよ。──でも多分。今の二人と、同じ気持ちだったんでしょうね」
それが、ずっとずっと変わらなかった。
ただ、それだけの事だったに違いない。
お互いに両親が中々家に帰らないから協力してきた、だとか。
そんな薄っぺらな理由で仲良くしていたワケでは無いのだ。
三人は踏切りを渡った。
「ちなみに、なんですけど。ユリさんが今まで体験した中で、特に印象に残っているありすさんの悪戯って何ですか?」
怖い物見たさで、瑠々が恐る恐るユリに訊ねた。
ユリは「そうねぇ……」と昨日の夕飯でも思い出すように軽いノリで考えている。
もう色々と感覚が麻痺しているのだろう。
「──中学二年の頃、だったかしら。部活が終わって家に帰ったらね」
「帰ったら?」
「──リビングにヤギが居たの」
「怖っ!?」
「丁度部活終わりで竹刀持ってたから、取り敢えず構えたわ」
「普通は逃げて警察だけどな……」
「うん。だけどその時私、『どう打ち込めば即死させられるか』しか考えて無かったから。ヤギは観葉植物食べてて、丁度隙だらけだったし」
「何でちょっとバトル思考なんですか!?」
「でも結局、そのヤギはレンタルしたモノだったから、業者に連絡して引き取りに来て貰ったけど」
「よ、よく分かったよな」
「首輪に書いてあったわよ」
「お前の冷静さも十分に怖いぞ……!?」
きっと、こういう積み重ねが徐々にユリの耐性を上げていったのだろう。
そんな事を言っている内に、ユリの家の前を通り過ぎ。
ありすの家までやって来た。
「アタシ、ありすの家に入るのは初めてだな」
「私もです。何か、不安なんですけど」
「大丈夫よ二人共。変わってるのは、あの子だけなんだから」
そう言って無意識の範疇で親友を巧みにディスり、血塗れの熊のストラップが付いた合鍵を使って家の玄関を開けるユリ。
しかし、瑠々と夏音は見てしまった。
庭の物干し竿に、巨大な葉っぱが無数に干してある事に。
そしてその近くに、見た事もない弦楽器が置かれている。
──何だ、アレ。
二人が庭を見て固まっていると、察したユリが「ああ、アレね」と言って微笑んだ。
「あの干してあるのはバナナの葉っぱよ、食材を包んで蒸し焼きにするのに使うの。……あの楽器は、ンゴニっていうアフリカの民族楽器よ」
「何かもう、現地のガイドみたいな台詞だな……」
「私達、ありすさんの家に来たんですよね……? っていうか、ここ日本ですよね?」
確認の為に周囲を見回す瑠々と夏音。
まだ家にすら入っていないが、既に挙動が怪しくなってきた。
「どうしたの二人共? 何か変よ?」
「この家の前で言うか……!?」
「もう、こうなったら。さっさとありすさんの顔を見て帰りましょう!」
意を決した瑠々が、玄関のドアを一気に開けると。
糸が結び付けられた蟹の爪が、大量に天井から吊り下げられている光景が広がっていた。
「……。」
瑠々は目頭を押さえながら静かにドアを閉めて、夏音と顔を見合わせて頷いた。
「やっぱり、ユリさんだけで行って下さい」
「そうだな。大人数で押し掛けたら、アイツも迷惑だろうからな」
「そう? じゃあ、また明日ね」
ユリと別れた二人は、取り敢えず缶コーヒーを買って飲んでから帰った。
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