ジャンルが迷子

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ジャンルが迷子

◆  ある日の土曜日の昼下がり。  部活を終えたユリは一人、その足で街へと向かっていた。 (新作のゲーム、予約しておいて正解だったわ。気持ちに余裕が生まれる事の素晴らしさ……)  そう、学校終わりに新作のゲームを買う為である。  ありす達からあらゆるジャンルのゲームを借りてはプレイしていたユリだったが、ゲームに対する熱量は増すばかり。  最近は自ら購入し、丁寧にレビューまで書いていたりする。  既に、ゲーマーと化していた。 (予習と復習は昨日の内に二教科分終わらせたし、部活の予算申請と書類の作成も済ませた。家の掃除と洗濯は朝やったし、作り置きのおかずが有るから買い出しの必要は無い。──つまり)  ユリは顔をニンマリとさせてゲーム屋の入口を潜った。 (今日はこれからゲームが出来る!)  真っ直ぐにレジへと向かい、念願の物を手に入れたユリは、足早に店を出た。  待望の新作ゲームのプレイ、これは絶対に邪魔されたくない。  だが。 「あれ、ユリじゃん! ゲーム買ったの~~?」  角を曲がった先で、パーカーを着たラフの格好のありすに遭遇した。 (一番出会っちゃいけない人間きたぁあ!!)  「偶然だよね~」と近寄って来たありすは、購入したと思われるプラスチック性の水槽を抱えている。 (駄目、駄目よ私! それどうすんのよ、とかツッコミを入れたら駄目よ! これ絶対面倒なヤツよ!)  しかし、習慣というのは恐ろしいモノである。  三秒後には「それどうすんのよ!」と聞いてしまう。 「ん? ああコレ? 何か必要らしくて。私、これから特殊な訓練を受けに行くからさ」 (よりによって!)  ユリは膝から崩れ落ちそうになった。 (よりによって今日! 一番面倒臭い案件きた!) 「暇ならユリも一緒に行く? 受けといた方が良いよ」 「暇でも行かないわよ!」 「いやいや、だってさ。この作品のジャンルって一応コメディだよ? エブのコメディに登場するキャラはほぼ全員何かしら特殊な訓練受けてるから」 「偏見じゃない!?」 *○○は特殊な訓練を受けています。 「受けてるキャラは↑こんな感じのヤツが出てたりするから直ぐに分かるよ」 「見た事無いんだけど!?」 「まあ、兎に角。ユリも行こうよ。時間を無駄にしちゃいけないって」 「アンタ今から無駄にしに行くでしょ!」  結局、ユリはありすに引き摺られる格好で訓練に参加する事になった。  会場は、市内の体育館の中で行われ。  会場入口には『特殊訓練はこちら』の看板。  名簿の記載、会場案内も丁寧で、廊下には『受けよう、特殊訓練』のポスター。 「……あれ? 私が知らなかっただけ……?」 「ほら、ユリ。私達は未成年だから、こっちの会場だよ」  ありすに連れられ、ユリは会場の一角に向かう。  そこには、二十人程の男女が集まっていた。 「よく来た、同士達よ! 君達にはこれから、特殊な訓練を受けて貰う!」  メガホンを手に話すのは、サングラスを掛けた女性だ。  ユリは喉を鳴らした。 「君達に受けて貰うのは、これだ!」  そう言うと。  係員達が人数分用意されたテーブルの上から巨大な布をバサリと外す。  すると、そこには炊飯器が。  ユリ以外の人間から、ざわめきが起こる。 「ふふ、驚いたか同士達よ。君達は、今から。その炊飯器のご飯を、素手で! 持参した水槽に移して貰う!」 「な、何だってぇえええ!?」  ありすが悲鳴を上げた。 「しょ、食品衛生法とか大丈夫なんですか!?」 「──作者は調べてないが……多分大丈夫だっ!」 「エ、エブの規制には引っ掛からないですか!?」 「──ざっと見た所……大丈夫だ!」 「よっしゃあああああ! やるぜぇええ!」 「え、やるの……!?」  これはきっと夢なんだよな、とか適宜現実逃避するユリ。  そして彼女の予想通り。  そこからは、スポーツに例えるなら酷い泥試合であった。  全員が全員、用意された氷で手を冷やしながら、鬼気迫る形相でご飯を水槽に移している。 「冷たぁあ! あっつぅう! 冷たぁあ! あっつぅう!」 *ありすは特殊な訓練を受けています。 「あ、こういう時に出るのね」  ユリは冷静に会場を眺めながら、「これ何の生産性も無いわね」と呟く。  そして、無駄に三十分後。 「よぉし、終了だ!」 「ふぅ~~、お疲れユリ」 「私、冷めた目で見てただけだけどね」  やれやれ、ようやく終わった。  早く帰ってゲームをやろう、と思ったユリだったが。 「──では、次の訓練に移るぞ」 「嘘でしょっ!?」 「ユリ! 何かご飯は持って帰って良いってさ! 親切だよね!」 「あんたは黙ってて」  炊飯器が片付けられ、何故か一ヶ所に集められる。 「次の訓練はかなり厳しいぞ。だが、今の訓練を終えた君達なら乗り越えられる筈だ!」 「こんなに根拠が虚無な事ってある!?」 「次の訓練は……これだ!」  すると係員がガラガラとホワイトボードを押して持って来た。  ホワイトボードには、以下の言葉が書いてある。 ・ランエボ ・ユーカリ ・ポトフ ・コキュートス ・レイピア 「今から君達には。ここに書かれた言葉を、語尾に付けて会話して貰う」 「難易度高っ!? 確かに厳しいわねコレ! 単なる横文字!」 「無理難題だという事は、私も承知しているんだポトフ。私もかつて、そうだったんだレイピア」 「凄いなこの人!?」 「よし、じゃあ私行きます」  女性の言葉に多分勇気を貰ったであろうありすが、颯爽と手を上げる。 「私、朝起きると必ずやる事が有るんだランエボユーカリポトフコキュートスレイピア」 「全部いった!?」  すると何故か、会場から拍手が。  メガホンの女性も「勇気が凄い」と誉めている。  そのまま訓練は三十分程で今度こそ終わりになり、ありすとユリは会場を後にした。 「じゃあ、ユリ。私はご飯を早めに食べなきゃだから」  そう言って、水槽を抱えてありすは家の中に入っていった。 「……。」 一人残されて、ユリは。 「──この作品のジャンルって、現代ファンタジーかも……」  空に向かって呟いた。
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