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暗闇の中、炎は蛇のように口を開け、すべてを食らおうとしている。蛇の舌先に火の粉が舞い、天を焦がす。
禍々しい光景を背にし、私に憎しみの目を向けるのは大国バルレリアの第一王子クラウディオ様。
彼は私の婚約者――けれど、私を一度も愛してはくれなかった。
それどころか剣を手にし、今まさに私を殺そうとしている。
「君が俺を裏切るとは思わなかった。レティツィア」
「う、裏切るなんて……」
恐怖で声が震え、うまく言葉を紡げない。
私が生まれ育った王宮は燃え、ごうごうと音をたてていた。
ここまで追い詰められた状況で、私になにができるというのだろうか。
炎に包まれたルヴェロナ王国の王宮。
春になると野の花が咲き、夏は青く澄んだ湖の水辺で遊び、秋には森の木々が鮮やかに染まり、冬が訪れると白鳥たちを見ることができる。田舎らしい素朴な王宮として知られている。
それなのに、今の王宮は焼けた煤で黒く染まり、湖には兵士が浮かび、雲のような煙が空を覆っていた。
「信じてください! クラウディオ様! 私は……いえ、私たち兄妹は一度も逆らったことはございません!」
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