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9.面倒の数が倍になった
三人が降車したところで、バスは走り去った。
「あ〜、疲れたねぇ〜」
荒木は思い切り、伸びをしている。
旅行ガイドを調べた霧島の手配によって、飛行機と電車・バスを乗り継ぎ、羅臼町に着くまでは、トータルで五時間弱といったところだ。
旅費は経費で落とせるが、そもそもの資金が乏しい事や、探偵風情が調査のためにファーストクラスを押さえる訳にもいかない。
空港から先の旅程も当然、公共交通機関を利用しているので、背の高い霧島や体格の良い荒木は、余裕のない座席に詰まっていなければならない。
平素は事務所でダラダラと過ごしている荒木はもちろん、めったに仕事が来ない探偵事務所の "助手" をしている霧島とて、関節が固まっているような気がしていた。
三人が降り立った場所は、道の駅である。
天候は今ひとつの曇天だが、海をバックに記念撮影をしている者や、土産物店の前ではしゃぐ者など、それなりに人が行き交っている観光地だ。
「はあ〜、お腹減ったねぇ〜」
「オマエの胃袋は、底なしかよ…」
道中であれだけ飲み食いをしておいて、腹が減ったとは何事かと思うが。
しかし相手が荒木では、例え腹中にうっかり寄生虫が紛れ込んだとしても、そのまま消化してしまうだろうな…とも思う。
「てか、寒いんですけど…」
「贅沢言うな。灼熱地獄の東京にオサラバとか言って、はしゃいでたろ」
「ええ〜? じゃあタキオちゃんは寒くないの?」
霧島は、既にスタジャンを着ており、水神氏が無郎にと寄越してきたトラベル用のバッグから取り出した上着を、無郎に着せかけているところだった。
「ちょ…、タキオちゃんズルイ! ボクのは?」
「夏場も天候が悪かったら寒いって、教えたろ。特に坊っちゃんの家は山の方だって言ってたから、荷物に上着を入れておけって、言ったぞ俺は」
「どーりでデカイ荷物持ってると思ってたんだよっ! てか、コネコちゃんの分は持ってきてるのに、ボクのがナイってひどくない?」
「酷くない。オマエは、オトナだろうが」
「ボクらの友情はドコにいっちゃったの?!」
「そんなモノはナイ」
「う〜、そんなら実力行使するモンね」
荒木は、いきなり霧島のスタジャンの背中をまくりあげると、本当に "実力行使" で二人羽織状態に袖に腕を突っ込んでくる。
「やめろっ! 気持ちの悪いっっ!」
「恥ずかしがるコトはないんだよ〜、一緒の布団で寝てる仲じゃないの。わぁ〜、あったかい」
「破れるだろうがっ!」
「そしたら半分コにしようね〜」
もがもがと、なんとか荒木を振り払おうと霧島が四苦八苦しているところに、無郎が声を掛けてくる。
「お兄さんの車が来ます」
ほぼ漫才のような状況の二人を全く気にもとめず、無郎は駐車場に入ってきたチェロキーに向かって手を振った。
三人の前に停まった車から、無郎にそっくりな人物が降りてくる。
「無郎!」
「お兄さん、すみません。無断で出掛けて…」
向かい合った二人は、身長差こそあるが、顔はまさに合わせ鏡のようだった。
その光景に戸惑い、視線を荒木の方へ向けると、口元がいつもの倍の大きさになって笑っている。
「全く、なんて無茶をするんだ。何かあってからでは、遅いんだぞ」
「ごめんなさい。でも、お父さんの事が、とても心配だったものですから」
ペコリと頭を下げた無郎の肩に、無郎の兄は手を掛けた。
「解っているよ。だが、お前はまだ世間というものを知らな過ぎる。一人で出掛けては危険なのだから、そんな事をしてはいけないよ」
言い聞かせるように優しく諭されて、無郎は深々と頭を下げた。
「心配をおかけして、すみませんでした」
「無郎が無事だったのだから、もういいんだ」
「えっとぉ〜、コネコちゃん。こちらが、お兄さん?」
荒木の声に、無郎の兄はまるで初めてそこに、無郎以外の人間がいる事に気付いたように顔を上げた。
「はい。兄の有郎です。お兄さん、こちらが荒木さんで、こちらが霧島さんです。東京で探偵をしている人達で、お父さんを捜すために来てくれました」
「教授を?」
「そうです。水神さんが、雇って下さいました」
「水神氏が? そうか…。とにかく、こんな場所で立ち話もなんですから、どうぞ車に乗って下さい」
有郎に促され、霧島と荒木は後部シートに乗り込む。
無郎と瓜二つ…つまり己の好みの美貌が増えた事に、荒木は鼻の下が伸びているようだ。
だが霧島は、有郎が父を "教授" と呼んだ事に違和感を覚え、そして水神の名を聞いた瞬間に浮かんだ、嫌悪の表情を見逃さなかった。
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