第十一幕 怖くない

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陽翔と健二は、今日何度剥いたか分からない目を裕子に向ける。裕子を良く知る二人には、まるでその告白が沖縄に雪でも降っているかのように感じられたからだ。裕子は人の好き嫌いが激しい方で、初対面の相手を気に入ることはまず無い。それなのに息子の嫁候補であり、さらに一度息子が婚約破棄した直後という、青天井で点の辛くなる立場にいる百子を気に入ったとなると、ひょっとしたら沖縄に雪が降るどころか、西から朝日が顔を出しそうな規模で驚くべきことなのかもしれない。 (うそ……私が桔梗をじっと見てたことがバレてるなんて……恥ずかしいわ……。お花を習ってたからどうしても目が行っただけなのに。凄く優雅で素敵だったのは本当だけど) 悲哀が濃くなったり、驚愕したり恥じ入ったりと忙しい百子を他所に、陽翔は大げさにため息をついて頭に手をやり、じろりと裕子を睨んだ。 「それでも百子を傷つけたのは事実だ。百子が許しても、俺は許す気は無い。今度百子をいじめでもしたら、俺は一生母さんを軽蔑してやる」 「……それについては返す言葉もないわね」 しゅんとして下を向く裕子を見て、百子は隣にいる陽翔をキッと睨んで小声でまくし立てる。 「ちょっと、何も言わないでって言ったでしょ。私はお母様とお話してるのに」 百子の言葉で陽翔の怒りが一瞬で霧散したのを見て、裕子は思わず唸った。打って変わってその双眸に柔らかな光を宿した裕子はやんわりと告げる。 「陽翔が百子さんを選んだのも、何だか分かる気がします……それに、陽翔を見ていたらどれだけ陽翔が百子さんを愛しているかも良く分かりました。私達親がでしゃばって邪魔する余地なんて、蟻が這い出る隙間もないくらいだわ」 裕子はここで一度言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。 「陽翔、百子さん。二人で幸せになりなさい。それと、顔合わせの連絡を待ってるわ。楽しみにしてるわね」 短くそれだけ言った裕子を、健二はニコニコとしながら、百子は口元に両手を当てて少々涙ぐみながら、陽翔は椅子からずり落ちそうになりながら、それぞれが凝視しているのだった。
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