第一幕 胸に閉じ込める

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しかし百子はその提案に首を振った。陽翔はムッとして何かを言おうとしたが、それにかぶせるように百子は口にする。 「えっと……今日はちょっと買い物をしたくて。その、着替えとかをいつまでも東雲くんに借りるのも気が引けるし、下着も替えがいるから……」 それを聞いて陽翔はしまったと思った。服に関しては家にいるなら陽翔のものでも問題はないが、仕事に行く時には一着しかないのも困るし、女性用の下着は流石に陽翔の家には存在しないからだ。色々と失念していたが、彼は百子の買い物に付き合う旨を申し出た。 「え? なんで? 一人で行けるんだけど」 「俺も買い物したいやつがあるからついでだ。今日は何も予定を入れてないからな。それに万が一お前の彼氏と鉢合わせしたらどうするんだ。その体で上手く切り抜けられるのかよ。何かされたらどうするんだ。十中八九お前を連れ戻そうとすると思うぞ」 弘樹の話題を出されて体を硬くして顔を青ざめさせた百子だったが、申し訳なさそうな声音で呟いた。 「だってこんなに良くしてもらってるのに、これ以上迷惑は掛けられないし……宿泊代も受け取ってくれないのに、私の事情にこれ以上巻き込みたくない」 (……なるほどな。茨城も茨城なりに思うところはあるのか) 百子の義理堅いところは、どうやら大学時代から変わっていないらしい。相応かどうかは不明だが、対価を払おうとするところが彼女らしかった。そこは好感が持てるものの、それが今悪い方向に向かっているのは考えものだった。 「じゃあこうしよう。宿泊代は全額受け取らないが、今日の昼に何か奢ってくれ。外食は滅多にしないから、たまには旨いものでも食べたいしな」 百子は最後の発言のせいで、前半の内容があまり頭に入らなかった。 「東雲くん、自炊してるんだ……何か意外」 陽翔の口が真っ直ぐになった。確かに学生時代はプライベートなことを言った覚えがあまりないとはいえ、彼女の中の自分のイメージが一体どんな風になっているのかがやけに気になる。 「悪いかよ。出来合いの物は高いし、自分が旨いものを食べたいなら自分で作るのが一番早いし安上がりだろうが。手間がかかるものは外で食べたいがな」 どうやら陽翔は金銭管理も中々堅実らしい。百子は単純に料理が好きだから自炊しているが、彼のような考え方も素敵だと感じた。 「悪いなんて言ってないよ。取り敢えずこれは受け取って。居候の身だけど肩身が狭い思いはしたくないし」 百子は封筒の中から一万円札を1枚抜き取り、陽翔に向かって再び差し出す。彼はそれを受け取り中身を見て何か言いたそうにしていたが、頷いて一度立ち上がり、その封筒をカバンにしまう。 「そうだ。東雲くん、10時に着くようにお店に行きたい。遅めに行くと……弘樹、いいえ、元彼と鉢合わせしそうだから。あの人は夜型だから、こちらが早く行けば会わないと思う」 「分かった。飯食って洗濯物を乾かしたら行くか。頭痛は大丈夫なのかよ」 「鎮痛剤を持ち歩いてるからそれで凌ぐつもり。飲んで30分したら効くし。ありがとうね」 そう言って鎮痛剤を飲む彼女を見て、陽翔は何故か苦い顔をしていた。
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