第五幕 温めてきた絆

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(考えても仕方ない。ちゃんと東雲くんの話を聞かなきゃ。せっかく話してくれるんだから) 百子はTシャツとキュロットに着替え、陽翔の待つリビングへと向かう。冷房の効いたリビングが百子を出迎えた。彼はネクタイを緩めてワイシャツのボタンを3つほど外しただけで、百子の実家の挨拶に行った時の服装のままでソファーに座って足をだらりと投げ出していた。 「東雲くん。その格好のままでしんどくならない? 暑くない?」 百子は台所で二人分の麦茶をグラスに入れ、それを運ぶ途中に声をかける。 「いや、冷房も効いてるし暑くない。それに……今は着替える気もしないし」 彼の緊張した声がしたので、百子まで緊張してしまってぎこちなくテーブルに麦茶を置く。 「ありがとう。すまんな」 陽翔は百子の用意した麦茶に口をつける。一気に飲み干すと少しだけ緊張が和らいだようで、ゆるく深く息を吐いた。 「上手く話せるか分からないが……話してもいいか?」 百子は緊張の面差しを崩さずに頷く。困惑気味に揺れる眼鏡の奥が気になったが、百子は陽翔の手をそっと握った。 「ありがとな、百子」 そして陽翔はぽつぽつと自分のことを話し始める。幼い頃からマナーや立ち居振る舞いを厳しく躾けられたこと、そのために小学生の頃は周囲から浮いていて孤立していたこと、私立中学に入るように言われて夜遅くまで塾通いをしていたこと、両親に情操教育の一環としてオペラやバレエ、クラシック鑑賞、そして絵画を見に海外の美術館に連れ回されたこと、そしてそんな特異な家の事情とそれに付随する悩みを分かち合える人がいなかったことなどを話した。 「……驚かないのか、百子」 ここまで話しても、百子の表情はさして変わらない。敢えて言うならその瞳が少し和らいだくらいだろうか。 「そんなに。何となくだけど、東雲くんは教養もマナーも身についてるから、親御さんが割としっかりお教えになったんだろうなって思ったよ。だって私も似たようなものだし」 百子は陽翔と大学の頃に絵画や旅行、それにクラシックなどの芸術の教養についてよく話したことを思い出す。それに、彼がご飯を食べに行った時にナイフとフォークの扱いに慣れていた所を見ている。それを見ていたら、何となくだが陽翔が幼少期に厳しい教育を受けていたことは分かるのだ。 「そうか……そうだな。百子と芸術の話をするのは楽しかった。そんな話をできる人間は例え私立出身でもそれほどいないからな」 百子はここで首をかしげた。このことを彼が隠したがってるとは到底思えなかったからだ。陽翔と自分が育った環境がほぼ同格なら結婚の時は懸念どころか安心材料にしかならない。そう考えていた百子だったが、彼が眉を下げて口を開く。 「それに……俺は……俺は社長の息子なんだ」 陽翔の固い声がリビングに溶けた。
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