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「……そう、だったの」
百子の呆然とした声を聞き、陽翔は諦めたように息を吐いた。きっと百子は自分を避けるようになるだろう。もっと早くに言わねばならなかったのに、今頃言うなんて遅すぎる。何なら百子を看病した後に言わないといけなかった。百子に惚れただけでなく、結婚して一緒に暮らしたいと思うのならば。
「百子、聞いての通り俺の家の事情は複雑で面倒なんだ。百子のお父上が苦労するって仰ったのは、結婚したら俺の親との付き合いが他の人間とはだいぶ違うのと、単純に百子と俺の育った背景が違い過ぎて結婚生活が大変だと、そうお思いになったんだと思う。育った環境が違うと価値観も大きく違ってくる場合もあるし、あとは百子が俺の親にいじめられる懸念もあったんだろうな」
こんな話を聞かされて、百子はさぞかし呆れているに違いない。陽翔は百子に振られるのを、まるで処刑を待つ囚人のように待っていた。
「東雲くん、話してくれてありがとう。辛かったよね……」
だが彼を待っていたのは百子の優しい声と、抱きしめてきた彼女の感触と、彼女の髪の匂いだった。そのままゆるゆると頭を撫でられ、陽翔は思わず涙ぐみそうになる。
「……百子? 引かないのか?」
彼の細い声の内容に驚いて、百子は思わず陽翔を体から離す。その顔は怒っているようであり、悲しみに満ちているようにも見えた。
「何で引かないといけないのよ。むしろ何で隠してたかがよく分かったわ。そんなことを迂闊に漏らそうもんなら、お金目当てとか実家目当ての人しか寄ってこなくなるじゃない。言わなくて正解よ。それに、本当に育ちがいい人っていうのは、別に言わなくたってその人の立ち居振る舞いとか、話す話題とかでその人の家の事情を見抜けるわ。どれだけ隠そうとしたって、分かる人には分かるのよ。だから私も東雲くんも大学の時に話が合うことが多かったんだと思う」
陽翔は砂漠もかくやと言うほど乾ききった心に、百子の言葉が隅々まで染み渡るような心地がして、熱かった目の奥が徐々に冷えていく。もっとも、別の意味で鼻がつきんとしてしまったが。
「だって……私だって……私だって母が社長令嬢だったんだから。でもそんなこと、誰にも言えなかった……だって分かち合える相手なんていなかったもの」
今度は陽翔が驚く番だった。だが百子の所作は、お茶を淹れること一つ取っても優雅で洗練されていたことを思い出し、彼女の出自にも納得していた。
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