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そして、お茶を淹れる動作だけでなく、百子は立つ時も上半身に弾みをつけずにスッと立つし、動きに無駄がない。その動作は一朝一夕で身につくものでないと礼法を学んだ陽翔は理解していた。
「それと……私の父の懸念って多分、東雲くんの親御さんのこともそうだけど、東雲くんがお父様かお母様の会社を継ぐって思い込んでるからじゃないかしら。東雲くんってどちらかと言うと一極集中のタイプに見えるから、経営に携わるようには思えないのよね」
陽翔の瞬きが二倍近く速くなった。後者に関しては百子の言っていることが的を得ていたからだ。遠回しに無能だと言われたような気がしないでもないが。
「……よく分かったな。確かに俺は後継ぎじゃない。そもそも会社は血族で継ぐようなもんじゃないからな。誰に何を提供したいか、それがお客様の抱えている問題の解決ができるか、そういうのを見据えないと経営なんてできないしな。しかも自分のことだけを考える訳にもいかない。社員とお客様のことを常に考えて、そして未来を見据えないと経営はすぐに倒れるし。俺みたいに一つの物事に集中し過ぎる人間は向いてないって両親から言われたよ。まあどのみち両親は後を継げなんて一言も俺には言わなかったが」
「……うちの母と同じようなことを言うのね。やっぱりそれが経営の真理なのかな。目的をお客様の問題を解決することに設定して、そのために何ができるか、何を提供できるかを常に考えないと会社はすぐに潰れるって……」
百子は暗い顔をしてため息をつき、麦茶に口をつけて顔をしかめる。まるで麦茶でなくて鉛を飲んだ気分になったからだ。
「百子……? もしかして家のことで何か嫌なことがあったのか?」
百子はぎくりとして肩を僅かに震わせる。
「嫌なことというか何というか……」
百子は額を押さえて首を振ったが、陽翔が手を握り返し、そのまま抱き寄せられて彼の胸板に顔を埋める。そして彼に頭をゆるぬると撫でられていると、彼の温もりがじんわりと百子の心の扉を緩めていった。
「母の父……えっと、うちの祖父は当時マイナスだった会社を大きくしたから経営者としては優秀だったけど、家にあまり帰ってこれなかったから家庭人としては最悪の部類に入るって言ってた。学校でいじめとかあっても、家で祖母と口論になっても、祖父は事なかれ主義というか、見てみぬ振りを貫いてたって……私には優しいおじいちゃんだったけど……それを母から聞いて何か嫌になったわ。東雲くんのお父様の悪口を言うわけじゃないけど、社長っていう人種が私は好きになれない。皆経営が上手く行ってる人を褒め称えるけど、その裏でしわ寄せが来てる家族のこととか、そこには一切目を向けないもの」
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