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「そうか……百子は……お母様が好きなんだな」
百子は思わず目を見開く。陽翔の言ったことがすぐに腑に落ちなかったのだ。だが段々とそれが染み込んで来ると、彼の発言をはねつけるかのように強い口調で低く告げる。
「そんなの……わかんない。母は母で色々と私のことを考えてたみたいだけど、結局私は世間体を押し付けてくる母と祖父は嫌い。だって……だって私のことなんて見てないじゃない。世間様とやらは私に何もしてくれないのに、なんで世間様にいい顔をしなくちゃいけないの!って思ってたわ。そう言い返したら倍どころか十倍くらい罵倒で返されたけど。そのくせ成績も良くて運動もできる兄には甘いんだから、母は勝手な人よ。私は……母が好きなんかじゃ……」
「嫌いだって好きに入るだろ。嫌いなのは最初は好きだったけど、苦手とかがあって嫌いになるんじゃないのか。俺は好きも嫌いも同じ線に乗っかってると思うぞ。本当に親が嫌なら絶縁してるか、知らぬ存ぜぬを突き通すだろうし。そうしないのは親御さんに関心があるってことだろ」
百子は小さく唸る。彼の言葉は極端に感じられるが正論なのもまた事実だからだ。だからといって百子の心に燻るモヤモヤは霧散してはいかないのだが。ぶすくれて目をそらした彼女に、陽翔はやんわりと諭すように言葉を選ぶ。
「まあ親だから色々と複雑な気持ちになるのは分かる。俺だって両親に色々手を尽くしてくれたことには感謝はしてるが、両親にされて嫌なことはずっと覚えてるからな。だから最近は、親は長所もあれば短所だってある、ただ1人の人間だと思うようにしてる。そうしたらある程度は楽になった。親は絶対的に正しい訳でもないし、何なら適当なことしか言わなかったりするし。親の言葉は聞くが、それを受け取るかどうかは俺が決める。時々嫌な顔されたりするが、親の言うとおりにしたとて、親が責任を取ってくれる訳でもないしな……まあ俺はあまり母からは良く思われてないかもしれないが」
百子が陽翔に目を向けると、彼は気まずそうに頭を掻いた。眼鏡の奥が少し泳いでいるのを見て、百子は麦茶を飲んでから尋ねる。
「東雲くん……お母様と何があったのか聞いてもいい?」
陽翔の眉間にこれでもかと皺が寄ったが、百子に隠し事をしたくない陽翔は、絞り出すかのように低い声を出した。
「……母が持ってきた縁談を全部断った」
百子は危うく持っているカップを落としそうになった。
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