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(縁談……東雲くんに……? 嘘……そんな……じゃあなんで私を……?)
百子は愕然としたが、よくよく考えれば不自然なことでも何でもない。陽翔は少しばかり日焼けをしているが、目鼻立ちが割とはっきりしており、にっこりと笑ったその顔だけで人が寄ってきそうな見た目をしている。そこに裕福な家出身で、ギリギリとはいえ20代となれば、世の中の女性が放っておくはずもなく、陽翔に縁談が来るのも至極当然だ。
「なんで……なんでそれを早く言わなかったの? 縁談なんて蹴らなくても良かったのに。私を選ばなくても、東雲くんには選択肢がたくさんあるのに」
百子の顔が段々と蒼白を帯びていくのを見て陽翔はしまったと思ったが、後ずさりする彼女の手を両手で掴む。
「違う……! おれは百子じゃないと駄目なんだ! 他の女なんてどうでもいい! 母が持ってきた縁談は、全員俺の金か肩書目当てだったんだ!」
陽翔は一度手を離し、百子の両肩をがっしりと掴んで血を吐くように口にした。百子はびくっとしたものの、眼鏡の奥はいつになく真剣で曇りが無く、彼が嘘をついていないことはじわじわと飲み込めた。とはいえ、先程とは意味が異なるが、再び心の底に燻るモヤモヤが煙となって立ち込めていて、お世辞にも良い気分とは思えなかった。
「隠してたのは悪かった……俺は2年前から縁談が持ち込まれてたんだ。大学を卒業しても俺に浮いた話がなかったからだろうな。母がしびれを切らして持ってきた縁談はろくな物じゃなかった。確かに紹介された女性は美人揃いだったが、その目は明らかに俺を見てなかった。それかあちらの親御さんが俺か俺の両親の金に興味を持ってたこともあったな」
釈然としない百子は、陽翔の手を振りほどこうとしばらくじたばたしていたが、彼が消沈して話し始めると力を抜いた。そして彼の語った内容にただただ驚くばかりだ。百子からしたら、相手の家が例えお金持ちだったとしても、そのお金が自分のものになる筈はないので、お金目当てに結婚というものは全く理解できないのである。安定した職の人間と結婚したいのならば理解はできるが。
「俺は嫌気がさして、母の持ってきた縁談は皆断るようになった。そこから俺と母はすれ違って、実家にはあまり帰ってない。妹がいる時はそうでもないが。両親は俺よりも妹が可愛いからな」
百子はまさか陽翔が彼の母とぎくしゃくしているとは思ってもおらず、懸念が暗雲となって心を覆っていくのを感じる。百子としては、多少の不安はあるものの、陽翔と結婚し、お互いに助け合って暮らしたいと思っているが、そのためには頑固な父を納得させねばならない。それなのに陽翔のご両親に挨拶にも行けないとなると、これは詰みなのではないかと思ってしまう。
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