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「えっと……東雲くん、私も東雲くんのご両親にご挨拶に伺いたいんだけど、その……」
「ああ、挨拶しに行っても大丈夫だと思うぞ。俺が色気づいたとか色々騒ぐだろうが、別に絶縁してるとかでも何でもないからな」
百子は恐る恐る聞いてみたが、彼からの返事があっさりしていて、へなへなとソファーにもたれた。その拍子に彼の両腕が彼女から離れる。安堵しても良かったが、百子としては懸念材料が絵の具をでたらめに混ぜたように灰色となって心を覆う。
「……ひょっとしたら私は東雲くんのお母様に歓迎されないかもね」
コップが灰色の水で満たされ、それが溢れるかのように、ぽつりと百子は口にした。彼の母の気持ちになってみれば、自分が紹介した者を息子が散々蹴った挙句、どこの馬の骨か分からない人間を連れて来るとなれば、お世辞にも良い気分にはなれないだろうと思うのだ。彼の母からの評価も、どうしても辛くなってしまうのは容易に想像がつく。
「分からん。それは会ってみないと何とも言えない。俺は母じゃないし、ひょっとしたら百子を気に入るかもしれんし。まあ不安な気持ちは分かる。俺も今日百子のお父様に認めないって言われてきたばっかりだし。俺のことを認められないと言われた時は悲しかったが、初対面だしお父様も色々と不安があるだろう。俺だってお父様の立場になったら同じこと言ってるだろうし。だからそれは仕方ないと割り切ることにした。そんなことよりも俺は百子が俺の両親に会いたいって言ってくれた方が数十倍も嬉しいがな」
陽翔の眼鏡の奥がにやけているのを認めた百子は、じわじわと自分の顔に熱が集まっていくのを感じて、思わず口元を両手で押さえる。その手がどけられたかと思えば、彼女は彼の腕の中に収まっていた。彼の体温と彼の匂い、そして早鐘を打つ心臓の音が百子の五感を刺激して、一気に体温が上昇する。
(これって……私の発言はもしや告白なのでは)
顔を上げると、陽翔の優しいキスが額に、頬に、唇に降ってくる。頭もなでられ、百子は陽翔の大きな背中にそっと手を回す。
「百子、俺のことが好きか?」
陽翔の柔らかでいて、熱を帯びた光が百子の瞳を射抜く。顔を赤くして口をわななかせて答えない百子に、陽翔はその耳元で低く囁いた。
「じゃあお前に分からせてやる。俺がどれだけ百子が好きなのかを」
そう告げた陽翔はネクタイの結び目に手を掛けてそれを引っ張る。その動作にドキリとした百子だったが、彼がネクタイを性急に解いたと思えば、視界が青色の闇に覆われてしまった。
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