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決戦(1)
「久しいな、ユシュツカの坊」
支配領域の結界を抜け対峙したとき、男は頬をゆがめてそう言った。
浅黒い肌、赤い眼に黒い髪。
10年前と変わらない残忍な眼差しを、ナギは表情を変えずに受け止める。
男の手には、ナギの姿そのものの傀儡があった。
「後ろのは、アニサカの娘かな。相変わらず、水の刃か。芸のないことだ」
ナギの右後ろには、空気を混ぜ込み白濁させた水の球体を周りにめぐらせたベスがいる。傀儡を作らせないためには、相手に姿を見せてはならない。
『私が奴に姿を捉えられたのは、3秒ほどのことだ。3秒、奴の網膜に像を結んでしまえば、傀儡を作られる』
ベスは、ナギの言葉を反芻する。
この場で自分の技を使えるのは、彼女しかいない。
「坊、10年も逃げ回るとはご苦労なことだ。その末に、わざわざ私の住処までお出向きいただくとは。何をしに来られたのかな。……お前には何もできまいに」
男の手の中のナギの傀儡が、男の高笑いとともに揺れている。
「たった二人か。ユシュツカもアニサカも、堕ちたものだな」
無言で、ナギは右手の指をかすかに動かす。その瞬間、男の首に朱が飛んだ。
「……!」
さすがに男の表情が動き、傾けた首から流れ出る血に手を触れる。
(はずした)
ナギは唇をかむ。
「さすがに、ユシュツカの坊は丸腰ではないか」
男の頬がもう一度歪む。
「形代か」
(見抜かれた)
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