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連れられて行ったアニサカ家の大広間で、ケインは現アニサカ家当主、アーノルド・アニサカと対面した。
アーノルドは、押しも押されもしない王国魔術師界の重鎮である。15年前の戦闘で片目と片腕を失ってから、一線より引いてはいるが、その発言は今も厳然たる力を持っている。
開口一番、アニサカ家当主は底冷えのするような声音でケインを問いただした。
「あの指輪はどういうつもりだ」
「指輪?」
ケインは何のことかわからず眉を寄せる。
「お前は、儂の娘をたぶらかしたのか」
「……あの金具のことか」
ふいに合点し、ケインはつぶやく。
「彼女が欲しがったから、与えただけだ。特別な意味はない」
答えると、老人の顔色が変わり、髪が逆立った。
「お前は、娘を侮辱するのか」
まさかベスがその指輪を左手の薬指にはめているとは思いもせずに、ケインは答える。
「したいから、しただけだろ。指輪くらいで、ごちゃごちゃ言うな。そろそろ娘を自由にしてやれよ」
「おのれ小僧」
そうして、場面は冒頭に戻る。
(おい、マジかよ、竜て)
全力で防御結界を張っても、攻撃されればひとたまりもないだろう。
(爺さん、愛情の方向、間違ってるよ)
ここまで怒るということは、この父親は、娘がかわいいに違いない。だったらもっと褒めてやればいいのに。卒業試験で次点だった、と報告し、情けないとなじられたと話していたベスの、寂しい笑顔を思い出す。
アニサカ家は伝統的に、水の属性の魔術を基本としている。今、召喚され老人の脇に控えているのは、水竜である。竜は、魔術師が使役する精霊の中でも最上級の階級で、これを従えるものは、現在の王国ではアーノルドしかいない。ケインも、実際に目にするのは初めてだった。
水竜は銀色の鱗をきらめかせて静かにケインを見つめている。その虚無に近いまなざしは、本能的な恐怖を呼び起こす。
「お前のことは、調べさせてもらった」
老人の苦々しい声に、我に返る。
「孤児だそうだな」
ケインは表情を変えずに老人の顔を眺める。
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