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プロローグ
―――西暦2059年4月上旬
私の名前は八重塚羽月、高校三年生です。
ちょっと地味で真面目な性格と言われることもあるけれど、自分なりに充実した毎日を送っている。
昨年度までは生徒会副会長をしていた私も、高校三年生になり今はクラス委員長をしながら受験を控えている。
まだ肌寒い日が続く春先の休日。
アパートの一室で一人暮らしをする私はゆったりとした時を過ごしていた。
タオルケットを膝に掛けていてもまだ肌寒さを感じる。
日本の気象は暑くなる時は急に暑くなるのだけど、まだ季節は4月の前半、夜は寒さでエアコンが恋しくなるほどだ。世界的なエネルギー事情を考えればもう少し我慢をするのが世のためとはいえ、ちょっとこの寒さは辛い。
現実は甘くなく、カーテンを閉めても冷たい空気は私の心までひんやりと冷やしてくる、窓を開けて換気しているから寒いのは仕方のないことだけど。
私は嫌気がさすような感情に襲われて、一度デスクから立ち上がって、一枚上着を羽織ってから再び机に戻った。
私は家で過ごすときは眼鏡を掛けるときが多く、耐えられないほど目が悪いわけではないが、眼鏡を付けている時の方が勉強や読書も気分的に集中できるのだった。
キーボードをタッチしながら、ふと、前よりも殺風景になった机を見て、感傷に浸る自分がいた。
私には1月まで付き合ってた彼がいた。
樋坂浩二、それが彼の名前で今はクラスメイト。
浩二と付き合っていた頃は、ここに写真立てをいくつも置いて飾っていた。
しかし今はもうない。思い出を記すものの多くが私の手によって失われた。
あの頃は、一つ一つ思い出を積み重ねていくのが幸せだった。
学園祭の日、クリスマスイブの日、お正月に参拝に行った日、そして、私の誕生日、遊園地に行った日。どれも今も大切な思い出で、今でもその時の情景が頭の中で蘇ってくる。
過ぎ去ってしまった日々はもう戻らないけど、私は少しでも前向きに考えて生きていこうと、今、前に進もうとしている。
思い出せば浩二との日々は初めてづくしだった。
初めての恋人、それは浩二にとっても同じで、かけがえのない時間の積み重ねだった。
「失くしちゃったね、みんな」
天井を仰いで、長い夜の闇に漂う虚無感を感じながら、たまらず私は呟いた。
一人の夜は感傷的になりやすい。それは眠っている間に記憶を整理するように、人が人であり続けるために必要不可欠な感情と分かっていても、失くしてしまったものの大きさは、まだ耐え難いものだった。
“彼との恋人関係が過去のものになってしまったこと“机の上がまた殺風景になってしまった”のも、全部私が悪いのだけど、自分自身でも気持ちの整理がついたのか今でも分からなかった。
”にゃー!! にゃにゃー!!”
「マルちゃん、慰めてくれるの?」
邪魔をしに来たのか、慰めに来たのか、構ってほしそうに机に飛び乗ってきたマルちゃんを私は両手に抱えて膝に乗せた。
柔らかく優しい感触が心地いい。
もう甘える相手のいない空虚さを紛らわすように私はその身体を撫でまわした。
”にゃにゃーー!!”
暖かく柔らかい毛ざわり、嬉しそうに鳴くその鳴き声は耳鳴りのようで、まるで現実感のないものだった。
もう少しみんなと一緒に過ごせば、この鳴き声もやがて“聞こえなくなる”のだろうか。
深淵の奥深くの自分に問いかけたところで答えは出ないのかもしれない。
でも、季節と共に変わり始める予感の中で、私はあの秋桜の咲く頃の、懐かしい浩二との出会いの季節のことを、今一度回想し始めた。
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