第四章「取り戻せない時間」

8/8
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
「はぁ……タイミングが悪かったわね。これは驚かせちゃったかしら」  浩二の肩から手を放し脱力したまま、再び、二人きりになった台所で羽月は力無く呟いた。 「そうだろうな。唯花にとっては俺が彼女を作るのも、彼女を家に上げるのも初めての経験だろうから」  唯花とは友達関係にある羽月はその心境を察して複雑な感情を巡らせる。  そんな羽月を見て、また浩二は口を開いた。 「でも、気にしても仕方ないだろ? 唯花にだって好きな相手はいたんだから。付き合ったらこんなことも起きるってことくらい、分かることだと思う」  それが説明になったかは分からないが、二人は気を取り直して料理の続きをした。  料理が完成し、浩二は真奈を呼びに行ったが、真奈は“お姉ちゃんのところに行ってくる”と行って、愛想なく家から出ていってしまった。  二人きりになれることは嬉しいが、それでも真奈や唯花の心境を考えると複雑だった。  それでも、浩二はせっかく家まで来てくれた羽月を喜ばせようと出来る限り明るく振舞った。  二人で食事を済ませ片づけをして、強引な羽月の提案で浩二の部屋で勉強までしながら、たくさん気を紛らわすように談笑をした。 「段々、季節も変わって寒くなってきたわね」 「そうだな、あっという間だな」  学園祭も終わり、季節は秋から冬へと移り替わろうとしていた。  舞原市の街並みは季節の変わり目を迎え、落ち葉となった紅葉の葉っぱが木々を離れ地面へと舞い落ち、コートを羽織って歩く人の姿も出始めた。  思い出と共に確実に季節は変わり、時の流れを感じさせてくれる。 「恋人らしいことが出来ることが、こんなに幸せだと思わなかった。  そう考えると、今までの日々はなんだったんでしょうね」  浩二の肩に頭からもたれかかって、心地良さを満喫する羽月。浩二はそんな羽月を愛おしそうに横目で見ていた。 「今までの時間だって、今、こうしている時間を幸せだと実感させてくれるためのものだったと考えると、無駄ではないのかもって、俺は思うよ」 「そう……、そうかもしれないわね。  違いがあるからこそ、今、こうしていられる時間が、かけがえのない大切な時間だと実感できるんだから、これまでの日々だって無駄じゃないわよね」  人生には無駄な時間なんてないと、二人寄り添いながら羽月は思いたかった。    だが、期待するように恵まれることなくずっと幸せになれなければ、それは、その人にとっては意味のないものだと、ただ、満たされないだけの人生であると、そう、考えることもできる。  だから、これは自分たちが幸福の真っ只中に実在するからこそ出てくる、のろけた言葉なのだと、浩二は密かに考えるのだった。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!