1978からの物語

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1978からの物語

この一見、洋古書風のアンティークな香りがする素敵な本。 一度、美澄(みすみ)さんもレジカウンターに持って来たことがあった。 「万理望(まりも)さん、この素敵な本はどこの出版社から出ている本ですか? 」 「ああ、美澄さん、それはお売りできない本なんです。おばあちゃんの自費出版の本なんですよ」 「へぇ。そうなんですか。あまりにも素敵な本なのでいつも気になっていたんです」 「ふふふ。おばあちゃんも喜んでくれます。ありがとうございます」 「中を少し覗いてもいいですか? 」 「いいですよ。でもきっと驚きますよ」 そう、この素敵な本はほとんどが白紙のページ。 物語が書いてあるのは真ん中の数ページのみ。 でも、それはかけがえのない素敵な物語なんです。 ****** **** ** 時代は1978年・夏。 大学の帰り道、修一(しゅういち)は友人の(とおる)と吉祥寺の街をぶらついていた。 「なんて暑さだよ。太陽が地球に100kmくらい近づいたんじゃねーか? もうダメだ。避難だ! 避難! 冷たいものでも飲もうぜ! 」 「じゃ、『純喫茶ロザ』に行こうぜ」 「ダメだ、『ロザ』は全然クーラーが効かねぇじゃん。アレぶっ壊れてるだろ。『まめ』に行こうぜ」 「いや~....『ロザ』がいいんだけどなぁ」 「......いや、だから『ロザ』はクーラーが壊れてるって言ってんじゃん」 「あ、あのさ、『ロザ』のアルバイトの子だけどさ、何か脈ありそうなんだよね」 「 ..じゃ、アイスティーおごりな」 「おぅ! 」 今も昔も大学生の男子は女の子の事と流行には敏感だ。 修一も自宅の青葉書店で『POPEYE(ポパイ)』を拝借してはチェックを怠らなかった。 今日は開拓のため、いつもとは違う方に道を進めていた。 適当に『純喫茶ロザ』のある通りを目指して歩く2人。 そしてある角に差し掛かった時 ジャカジャカジャカ ジャジャン ジャジャン ジャ ダン ダン! ブゥーン ブブブンブ・・ アァン・・アアア~ アァンナ~ 迫力あるエレキギターに、ドラムとベースの陽気に(はじ)けるリズム。そして、何故だかもだえる男の声。 「なぁ、徹。この音、バンドかな? ちょっと覗いていいか? 」 「ん~.... まぁ、ちょっとならな」 角を曲がりまっすぐ歩くこと80mくらい。 『JAZZ喫茶グリーン』 ハードなエレキギターの音が修一のハートを掻き立てた。 喫茶店のドアを開けるとより明確に音の骨格を感じる。 ドラムとベースの重厚で、やたら陽気なリズム、喘ぎのような声から歯切れの良いシャウトまで変幻自在なボーカル。 そして前を陣取るファンの隙間に見えるのは修一のハートをガッシリと鷲掴みにするハードながらもポップな音を出すギターリスト。 25才くらいの他のメンバーとは違い、それは自分と同い年くらいの女の子だった。 フラワー模様の派手なシャツに濃いアイシャドーメイク。 襟には夏なのに白羽のマフラーをまとっている。 そのメイクや服装にピンとくるものがあった。 青葉書店にも置かれる音楽雑誌の表紙を飾るマーク・ボランやデヴィッド・ボウイのそれであった。 そう、これは確か....『グラムロック』ってやつだ。 派手派手なステージ衣装にそのパフォーマンス、ポップな曲とキャッチーなコーラスが面白くてかっこいい。 修一はそのバンドがまるで魔法の国の楽団のように感じた 「おい、修一! 〇△□%◇」 「何? 聞こえない! 」 「『ロザ』に行こう! 」 「ああ、わかった! 」 修一たちは何も注文せずに、まんまと店をでて『喫茶ロゼ』に向かうことにした。 もう少し聞きたい名残惜しさに、店前先の掲示板に書いてあったバンド名『アイスボンブ』の名前を頭に叩き込んだ。
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