修一の下心

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修一の下心

そこには『アイスボンブ』のギターリスト いろは が、派手派手に立っていた。 「 ....ん、あっ! 」 いきなりの事で声が出なかった。 まさか笹塚のしかも自宅の近くで いろは に会うとは思わなかったからだ。 「やっぱり ..青井君だよね」 まさに今、いろは が見た目からは想像もできないくらい可愛いらしい声をだす事を知った瞬間だった。 なぜならこの約1年、追いかけを続けてきた修一が彼女と話をしたこともなければ、彼女の声を聞いたこともなかったのだ。 それ故にそれがミステリアスに拍車をかけて修一は いろは の事が気になる存在になっていた。 「い、いろは ちゃ さん」 「あははは。いま『ちゃん』て言おうとしたでしょ? いいよ『ちゃん』で。『さん』付けは、こそばゆいから」 「どうしたの? こんなところで?」 「うん。実は今ね、アルバイトの面接に言っていたんだけど、行ったら即、『ごくろうさま』って言われちゃった。バイト代良かったからダメもとだったんだけどね。やっぱり夜にマックの清掃かな。水商売は嫌だし」 その当時、バンドマンの多くはファストフードの夜間清掃や比較的個性を尊重してくれるコンビニ、もしくは街でティッシュ配りのアルバイトをしている人が多かった。 「いろはちゃん、笹塚でバイトって、住んでいるのはこの辺なの? 」 「ううん。京王線の明大前。笹塚から近いからよかったんだけどなぁ.... 」 修一は内心、彼女の住んでいる場所をチェックできてラッキーだと思っていた。 そしてある事を思いつく。 「あ、あのさ、本屋とかのバイトなんてどうかな? まぁ普通くらいのバイト代だけど、個性は尊重するよ」 「え? なに? あてあるの?」 「あのさ、俺んちこの近くの『青葉書店』という本屋なんだけど、普段は俺が手伝いしていたんだけど、やってみない? それに いろはちゃんが練習とかで休むときは俺が代わりに入ることもできるし...... 」 はっきり言って修一には下心があった。 書店の手伝いを辞めてしまえば、修一の小遣いは当然なくなってしまう。 しかしそれと引き換えでも いろは と親しくなるこの絶好の機会を逃したくはなかった。 小遣いなら、商店街の適当なお店でバイトすればいいのだ。 「それ....青井君の迷惑になったりしてない?」 「いや、全然大丈夫だよ。あのさ、いろはちゃんが良ければ親父に頼んでみるから、連絡先教えてくれない?」 「本当に? じゃ、お願いしようかな。あのね、部屋には電話がないから、大家さんの電話番号教えるね。03-〇〇4-〇298。『貝沢』でも『いろは』でも呼び出せるから」 「あ、そうだ。せっかくだから家でお茶でも飲んでいけば? ほら、お店も見ることが出来るでしょ? 時間あればだけど.... 」 「うん。じゃあ、迷惑じゃなければ」 そういうと彼女はやわらかく微笑んだ。 修一は電話番号と彼女の名前まで聞けて、そのうえ家に招くことまで出来た事に、今日は人生で最大のラッキー日だと思った。 そして商店街を2人で歩いて『青葉書店』に入る時、それを見たお隣の『桜和菓子店』の琴音(ことね)さんがびっくりしていた。 そりゃそうだろう。 青葉書店のひとり息子が派手派手な奇抜な服を着た女の子を家に招き入れたのだから。 修一はさっそく いろは に店内を案内した。 「あっ、修一、帰ったのね。志賀さんのところでお米の配達頼んできてくれたわね?」 後ろで修一の母親が声をかける。 「あ、母さん、俺の友達の貝沢さんだよ。ちょっとお茶でも入れたいんだけど」 「はじめまして。修一さんと仲良くさせていただいています。貝沢いろは と申します」 修一の母親・春子は口をあんぐり開けたまま雑誌『ミセス』をばさりと落とした。 修一が女の子を家に連れて来るなんて初めての事。 それがこんなにぶっ飛んだ女の子なのだから母の気持ちも如何ほどのもの.... いや、ぶっ飛んだに違いない。 しかし修一は思ったのだ。 彼女は見た目のイメージと違って凄く礼儀の正しい女の子なのだと......
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