1.プロローグ

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1.プロローグ

 初夏である。新緑も芽生え、新入生達も寮になじみ、気候も過ごしやすさを失い始める時期である。  深夜、悲鳴が上がった。  ここは山麓大学に付属する、第一学生寮である。  学校の敷地内に存在するが、キャンパスから離れた辺鄙な場所にあるため、自宅やキャンパスにほど近い下宿から通っている学生は、その存在すら知らないで卒業する事もあるらしい。  山麓大学は、非常に歴史の浅い学校である。  一応 "国立" ではあるが、かなり偏差値が低く、世間の周知から言えば "Fランク" とみなされている大学だ。  地方都市の活性化と、学園都市構想と、その他諸々の行政の思惑が入り乱れ、施設はどれも至れり尽くせりなのだが、いかんせん大都市からは程遠く、大学誘致の際に設置されたモノレール以外はこれと言った交通路は無い。  最初に謳った程、周囲の開発が進まなかったために人気が上がらず、それに伴って偏差値も下がりまくったのだ。  悲鳴の上がった第一学生寮は、和洋折衷建築の "元は華族の別荘" との噂がある建物である。  実際のところ、華族の別荘であったかどうかは非常に怪しいが、建築当時は手間も金も掛けられた事が伺えるもので、文化財の指定もされている。  タダ同然と言われたこの土地に、大学が誘致された時に既にぽつんと建っていた建物で、(くだん)の文化財指定も相まって手入れをされ、現在は学生寮として使用されているのである。  夏は、この辺りが自然豊かなために害虫の被害が著しく、冬は雪深いために寒さが厳しい。  文化財のために滅多な改装などは出来ず、なまじ傷などをつければ奨学金の返済よりも大きな借金を背負わされる可能性がある。  寮の存在を知る学生からは "変人の巣窟" と呼ばれるが、上記の理由によりよほどの事情がなければ敬遠される物件であった。  美しさのカケラも無い現役男子大学生の悲鳴は、大浴場の脱衣所から響いた。  元の持ち主の趣味の伺い知れる、薔薇色の大理石で造られた立派な浴室で、湯船の脇には、こじんまりとした獅子の像がある。  口からお湯が注ぎ出る仕組み…のはずなのだが、何処かで詰まっているらしく、そこから液体が流れている(さま)を見た事がある者はいない。  時々害虫や害獣が顔を出し、気の小さな学生を驚かすのが関の山な設備であった。 「俺のトランクスが無い!」 「ちゃんと探したのかよ? 部屋出るとき持ってくンの忘れたんじゃねェのか?」  傍らで服を着ていた学生が答える。 「いや、浦和が言ってるのもまんざら嘘じゃないかもしれんぞ。昨日も平塚がブリーフがねェとか言って、フリチンで走り回ってたからな」  別の学生が答える。 「そうそう、この間も清水が同じようなコト言ってたからな。案外出るのかも知れねーぞ。下着ドロボー」 「男の下着をとって何が楽しいンだぁぁぁ!」 「楽しい奴もいるんだよ。ウチの寮にも一人居るだろう。アヤシゲな奴が…」 「そー言えばそのアヤシゲなオトコが、今日もパチンコで儲けてきたから来いって言ってたぞ」 「そうか。あそこならビールも焼酎も揃ってンだろ。行こう、行こう」  学生達はぞろぞろと脱衣所から出ていき始めた。 「ちょっと待てー! 俺のぱんつはどーすんだ!」  腰にタオルを巻いたままの格好で、浦和が叫んだ。 「おー、忘れてた。んじゃ、ちょっくら部屋まで行って取ってきてやっから待ってろよ」 「早くしてくれよ〜。風邪ひいちまうぜ」  不安気な表情の浦和を残し、全員が脱衣所を出る。  もちろんその後、浦和の下着を持って戻って来た者は一人もいなかった。
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