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2.寮生の荒木
蝉しぐれに溢れる昼下がり、一人の学生が寮の玄関前に立った。
「ごめんください」
返事はない。仕方なく学生は荷物を抱えたまま奥へと進んだ。
「どなたかいませんか!?」
先ほどより大きな声で呼びかけてみるが、やはり返事はない。
ただ自分の声が、薄暗い廊下に響くだけである。
学生は少し困った様子で、足下に荷物を下ろし、ため息を付いた。
「出直すか…」
外でしばらく時間を潰し、出直してくる方が得策に思え、彼は荷物に手を掛けた。
「どちら様?」
「うわあ!」
振り向いた先に人が立っており、学生は驚いて飛び退いた。
「そんなに驚くこたぁナイでしょ。確かに『バケモノ館』だの『妖怪屋敷』だの呼ばれちゃってるけどサ、実際ユーレイだのヨーカイだのの類いは出たコト無いンよ」
いやに馴れ馴れしい態度と笑顔のその人物は、たいそう大きな紙袋を両手に抱えている。
袋の口からのぞいて見える中身から察するに、どうやらパチンコ帰りらしい。
しかも、彼の格好はどっから見ても外出するに相応しくないもので、初夏だというのに半纏を着こみ、裸足にゴム草履を履いている。頭髪はどう見ても寝起きのまま放ってあり、履いているGパンは、既に自分がGパンである事を忘れているとしか思えない程ヨレヨレで、膝の部分はパックリと裂けている。
「ところでどーしたの? 寮生でも無いのにヨーカイ屋敷に用事があるとも思えないけど…」
とりあえず他に人影は無い。あまりにもアヤシゲな人物ではあるが、選択の余地は無かった。
「…あの、…今日からこの寮に住む事になってるハズなんですけど…」
「そーなんだ。じゃ、鹿島クンに会えばイイよ」
「鹿島さんには、どこに行けば会えるんでしょう?」
「う〜ん、3時頃になれば帰ってくるんじゃないかなぁ?」
「そうですか。じゃあ、時間を潰して、出直して…」
「ええ〜? ボクの部屋で待ってればいいよ〜。あすこなら、鹿島クンは必ず顔出すし。捕まえるのもカンタンだよ」
大変愛想よく誘ってくれているのはありがたいが、彼がアヤシゲな事に変わりは無い。学生は顔を引き釣らせている。
「あのねェ、先刻から言ってるけど、ボク別にヨーカイじゃ無いし。ボクは寮生の荒木。ココの連中は、みんなボクんトコにたまってるから、遠慮するコト無いよ。これはね、今夜の宴会用」
両手に抱えた紙袋を揺すり、彼は非常に自慢そうである。
「そう…なのか…?」
相槌とも、納得とも言えない返事を返し、学生は相変わらず顔を引き釣らせている。どうやら、こういった強引なタイプの人間が、苦手らしい。
「そーそー。サァこんなところでぼやぼやしていないで、狭いけど寮内一のパラダイスに行きましょー」
有無を言わさない強引さで、荒木と名乗る男は、引き釣った顔の学生をズルズルと部屋に連れて行ってしまった。
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