2.寮生の荒木

1/1
前へ
/14ページ
次へ

2.寮生の荒木

 蝉しぐれに溢れる昼下がり、一人の学生が寮の玄関前に立った。 「ごめんください」  返事はない。仕方なく学生は荷物を抱えたまま奥へと進んだ。 「どなたかいませんか!?」  先ほどより大きな声で呼びかけてみるが、やはり返事はない。  ただ自分の声が、薄暗い廊下に響くだけである。  学生は少し困った様子で、足下に荷物を下ろし、ため息を付いた。 「出直すか…」  外でしばらく時間を潰し、出直してくる方が得策に思え、彼は荷物に手を掛けた。 「どちら様?」 「うわあ!」  振り向いた先に人が立っており、学生は驚いて飛び退いた。 「そんなに驚くこたぁナイでしょ。確かに『バケモノ館』だの『妖怪屋敷』だの呼ばれちゃってるけどサ、実際ユーレイだのヨーカイだのの類いは出たコト無いンよ」  いやに馴れ馴れしい態度と笑顔のその人物は、たいそう大きな紙袋を両手に抱えている。  袋の口からのぞいて見える中身から察するに、どうやらパチンコ帰りらしい。  しかも、彼の格好はどっから見ても外出するに相応しくないもので、初夏だというのに半纏を着こみ、裸足にゴム草履を履いている。頭髪はどう見ても寝起きのまま放ってあり、履いているGパンは、既に自分がGパンである事を忘れているとしか思えない程ヨレヨレで、膝の部分はパックリと裂けている。 「ところでどーしたの? 寮生でも無いのにヨーカイ屋敷に用事があるとも思えないけど…」  とりあえず他に人影は無い。あまりにもアヤシゲな人物ではあるが、選択の余地は無かった。 「…あの、…今日からこの寮に住む事になってるハズなんですけど…」 「そーなんだ。じゃ、鹿島クンに会えばイイよ」 「鹿島さんには、どこに行けば会えるんでしょう?」 「う〜ん、3時頃になれば帰ってくるんじゃないかなぁ?」 「そうですか。じゃあ、時間を潰して、出直して…」 「ええ〜? ボクの部屋で待ってればいいよ〜。あすこなら、鹿島クンは必ず顔出すし。捕まえるのもカンタンだよ」  大変愛想よく誘ってくれているのはありがたいが、彼がアヤシゲな事に変わりは無い。学生は顔を引き釣らせている。 「あのねェ、先刻から言ってるけど、ボク別にヨーカイじゃ無いし。ボクは寮生の荒木。ココの連中は、みんなボクんトコにたまってるから、遠慮するコト無いよ。これはね、今夜の宴会用」  両手に抱えた紙袋を揺すり、彼は非常に自慢そうである。 「そう…なのか…?」  相槌とも、納得とも言えない返事を返し、学生は相変わらず顔を引き釣らせている。どうやら、こういった強引なタイプの人間が、苦手らしい。 「そーそー。サァこんなところでぼやぼやしていないで、狭いけど寮内一のパラダイスに行きましょー」  有無を言わさない強引さで、荒木と名乗る男は、引き釣った顔の学生をズルズルと部屋に連れて行ってしまった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加