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「こんな街、もう二度と帰るもんか」
かつては炭鉱で栄えた街、人口も多く活気に溢れていた。しかし、炭鉱が閉山してからは人口減少に高齢化、見るも無残に街は寂れていった。
何をやっても上手くいかないのは、こんな街に生まれたからだ。もっと大きい街で幸せを掴むんだ。そう決意し、私はこの灰色にくすんだ街を後にした。
それから20年。決意通り、私は一度も故郷には帰らなかった。やりがいのある仕事に就き、結婚をして子供も産まれた。幸せを掴んだはずだった。しかし、心の中にはいつも何かが引っかかっていた。小学生時代に感じた事がある、しっかり時間割を確認したのに、何かを忘れているようなソワソワ感。でも、何を忘れているかはどうしても思い出せなかった。
そんな時、20年間連絡を取っていなかった兄から電話があった。故郷で独り暮らしをしていた母が亡くなったと。こんな形でもう一度あの街に帰る事になるとは思わなかった。
久しぶりに訪れた故郷は、相変わらず灰色だった。20年前より更に寂れて、ゴースタウンのようにさえ見えた。
「こんな街に住んで、何が面白いのか…」
そう呟き、実家へと急いだ。
葬儀も終わり、集まった親戚が思い出話をしていると、兄が段ボール箱を抱えてやってきた。
「この家も手放す事になるだろうし、お前の部屋に残っている物、必要なら持っていけよ」
箱の中を見ると、学生時代に使っていた参考書や小説、夢中で聞いていたCDなどが入っていた。そして、固く口を結ばれた1つの袋。やっとの事で解き中を見てみると、無造作に詰め込まれたたくさんの写真だった。1枚を手に取る。幼い頃、まだ両親が元気で家族みんなが仲良しだった頃の写真。海水浴場で撮った家族写真だ。次の写真は、小学校の運動会。昼休みに、みんなでお弁当を食べている。誕生日やクリスマスのご馳走を囲んでいる写真もあった。
「あれ?何か楽しそう」
中学生の時に父が亡くなってからは、我が家は荒れていた。母は仕事と家事に追われ、いつもイライラしていたし、兄はひどい反抗期でそんな母といつも衝突していた。私は登校拒否を繰り返し、いつも将来を悲観していた。
しかし、そこにあった写真に写っている家族はみんな、幸せそうな笑顔を浮かべていた。今にもキャッキャという笑い声まで聞こえてきそうだ。
その時、今まで封印されていた幼少期の思い出が、一気に頭の中に蘇ってきた。家族旅行やお正月など特別なイベントだけではなく、日々の何気ない一場面までも。どの思い出も、幸せに満ちていた。
「何でこんな大事な思い出を、忘れてしまっていたんだろう。この街には幸せなんか無いと思っていたのに…」
私は写真を握りしめたまま、親戚の前という事も気にせず、涙を流した。
故郷を再び離れる日。駅の改札に立ち、ふと後ろを振り返る。そこには、灰色ではなく色とりどりの街並みが広がっていた。長い間、その存在にさえ気付いていなかった記憶という忘れもの。もう二度と忘れないように心に刻み、私は眩しいほどの故郷を後にした。
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