大庭マリ

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大庭マリ

沙紀の職場は新宿にある 結局、沙紀はずる休みが出来ず出勤する事にした こういう生真面目さが自分自身を追い詰めている事は自覚している でも、これが私の性格だからどうする事も出来ない 京王線で通っている 毎朝の通勤電車、世の中でこんなに嫌なものはない 人間が荷物のように押し込まれている車内 これは異常、殺人的な光景 沙紀は辛うじて掴まる所を確保し 倒れないようにバランスを保っていた 昨日、痴漢された。 こちらが身動き取れない状態でお尻を触られた 怖くて声も出せずに只管我慢し 身体を固くして時が過ぎ去るのを待っていた 心の中では嵐が吹き荒れ 世の中の全てを破壊したい衝動に駆られていた 想像上の沙紀は痴漢の手首を捻り上げ うつ伏せになった相手の背中を鋭利な刃物でめった刺しにして 血だまりの中で高笑いしていた だが現実では身体を固くしてお尻を左右に振り怖いまま我慢していた 卑劣な痴漢者に対して僅かな拒否反応を示すことしか出来ないでいた自分 その事を思い出し悔しいのと情けない感情で急に腹が立ち涙が出てきた 身体が固くなり沙紀の目に映る光景が徐々に赤色に変化してきた (死ね、死ね、みんな死んじゃえ、、、、、、、、) 沙紀は呪文の様に小さく唱えだし身体が小刻みに震えてきた 「次は新宿、新宿」 車内アナウンスが流れてきて沙紀の思考も途絶えた 現実に引き戻された 漸く目的駅まで到着し非人道的な満員電車から解放された 改札口を出て夢遊病者のような足取りでのろのろと 視点も定まらない沙紀は前方の人込みから声をかけられた 「沙紀ちゃん、おはよう」 目の前の女性が笑顔で声をかけてきた 沙紀の知っている女性である 「あ、、、マリさん、おはようございます」 沙紀もぎこちなく小声で挨拶を返した 彼女の名前は大庭マリ、占い師 今年の夏に東京癒しフェアで知り合った女性 タロット占いの店を夫婦でしていた 沙紀は何気なく癒しフェアの祭典に入り 目的もなく各店舗を見て回った そしてマリ夫婦がしている店の前で声をかけられた 癒しフェアは客引きするような場所ではないのに 初めて店舗側から声をかけられた 大庭裕也・マリ夫婦 「お嬢さん、お探しのものは見つかりましたか?」 笑顔で声をかけてきたのは大庭裕也 アロハシャツを着た細身で優しい声をした男性 沙紀は戸惑った いきなり初対面の人から声をかけられたのだ しかも癒しの祭典、占い店舗のスタッフに 「いえ、特に探しているものはありません」 沙紀は警戒心を隠さず用心した声色で応答した 「そうですか、私どもはハワイアンタロットの占いをしている店です うちの占い師が貴女を一目見て興味を持ちましたので お時間が宜しければ是非寄って行きませんか?勿論、無料ですよ」 にこやかに人懐っこい笑顔で話しかけられた 街や商業施設での占いの店から このように声をかけられたら即お断りするけど この癒しの祭典はお祭り、余興としては面白そうと その時は判断し、促されるまま店舗に入る事にした 後から考えてもこの行動は沙紀自身の衝動性を抑えられない 発達障害の病気症状だとは自覚している 赤のカーテンで仕切られた小さな個室 そこに紫の地に白の花をデザインしたムームーを纏い 黄色い花飾りを首に巻いた女性が座っていた 艶のある長い黒髪、肌の色は小麦色にやけており 大きな眼と鼻筋の通った顔立ちアジア系美人 裕也、マリ夫婦と出会った時の沙紀は スピリチュアル世界で生きている仙人のような状態であった しかしリアル社会では只のコミ障で 仕事が覚えられない学習障害の仕事が出来ない病院管理栄養士 頭の中は常に忙しく動いており その癖、集中力がなく直ぐに眠くなる 人見知りでいつも音と人の視線に怯えていた そして幻視幻聴にも悩まされていた いつも早くあの世に帰りたいと希死念慮じみた事も考えていた 今思えば、あの時の私には多くの良くないものが憑いていたかもしれない 世の中に対しての怒り、憎悪、運命に対しての絶望感、虚無感 それらが引き寄せたかもしれない 私自身が同じ波長を持つ地縛霊のような暗い闇を引き寄せていた そんな時にマリさんと出会った マリさんとの会話は殆ど覚えていない 只、マリさんの発した第一声が記憶に強く残っている 「以前の私と似てますね、今辛くないですか?」 マリさんの声は慈悲に溢れており沙紀の目から自然と涙が溢れてきた マリさんの声を聞き、恰も光が闇を溶かす様に 光が増して魔が消散し部屋全体が白い光で覆われたみたいに、 私が私でなく、身体感覚がなくなり魂そのものとなる 私は貴女、貴女は私 頭の中で意識体が沙紀に話しかけてきた 貴女も早く光のステージに来て下さい 景色も占いブースから別空間に変わった 次から次へと白昼夢が現れてきた 全く整合性のない断片 そこはパン屋の店内、 色とりどりのパンが可愛いバスケットに入れられ並んでいる 窓からは柔らかい陽光が差し込んでいた パンが並んでいた奥には階段があり左右の壁には 絵画が飾ってあるギャラリーになっている 風景画に抽象画、人物画が規則的に飾られている 階段を上がる地面の所々には白と黒の升目がある 先に登って行く人達が見えた そして黒い升目が穴に変わり声もあげずに落ちていく光景も見える 女の子みたいな色白で華奢な男の子も歩いている この子はモテるだろうなと夢の中の私は感想を言っている 椅子に座ってコンビニ弁当を食べてる小太りの中年女性もいる 男の人もいる、その人の手が顔に見えて怖い 色が白くてのっぺらしている全く個性の無い顔をした 中学生ぐらいの女の子もいる また場面が変わった こじんまりとしたカフェにて見知らぬ男の人と昼食を食べに来た 先客には赤ちゃんを連れた母親と その親であろう思えるお婆さんとお爺さんの4人家族がいた。 赤ちゃんはひどく泣いていた 寝むたいのだろうか お母さんは困り果てた顔をしてあやしていた 私は男の人とその後ろのテーブルが予約席となっており案内された 木目調のテーブルに食前にきたアイスコーヒーを置き 後ほど運ばれる料理をインスタ映えするように私は一口啜り只管待っていた 連れ合いの男性は写真を撮す事に興味がなく 先に来た自分の料理を私の前で何も言わず食べ始めた エスニック料理 麺料理はビーフンで 私は心の中で残念感でいっぱいとなっていた また景色が変わった 人工的な並木道、平日の昼下がり 空は曇天で今にも雨が降り出しそうな空模様 歩く人達も心なしか早歩きとなっていた 規則的で人工的な景観を作り出した道路の左上方には 「この先、冠水時は通行できません」と書いた看板が目に入った 私も雨が降る前に急がなきゃ 何これ? 次から次へと夢の中で場面が変わっていく しかも全く整合性がない 白昼夢の断片が続く 今度は水の中 私は透明な水底でふわふわと漂っている 水と光が交わる無音の世界 そして私は光に包まれ暖かい世界に帰る ここで現実に引き戻された マリさんと出会って数秒の事だと思う 会話をしなくても精神感化したのであろう 沙紀にとってマリさんは自分の分身 唯一無二の信頼できるパートナーとして 沙紀の魂が認識した そして身体にも変化が起きた 肩凝り腰痛が嘘みたいになくなり楽になった 呼吸も整い柔らかい光に包まれた感じになった この世のものが全て慈しくなり優しい心持ちで満たされた 大庭マリ 彼女も特異な業を持ち波乱万丈な人生を送ってきた女性 憑依体質で嘗てのマリは二人の地縛霊を心に住まわせていた 小さな女の子と憎悪に満ちた男性の二人 霊能者によってお祓いを受けて一命は取り止めたが 憑依されたマリは 夫の裕也を自ら手にかけようとまでしていた過去を持っていた マリが指摘した沙紀自身にも気付かなかった体質 沙紀もエンパスと共に浮遊霊の依代となる特異体質である事 「沙紀ちゃん大丈夫?また赤いオーラを放ってるよ」 マリは穏やかに言葉をかけてきた 赤いオーラ、この色は怒りを表す 「自らの怒りに身を焼かないでね」 沙紀はマリと同じく霊を引き寄せ、依代にしてしまう 引き寄せの法則、事象として昨日は痴漢被害にあった 痴漢を引き寄せた理由なんか知らない でも今、沙紀を苦しめているこの怒りの感情が 負のオーラが大好物であるその世界の闇の住人 地縛霊、それらを無意識のまま引き寄せ 沙紀の身体に纏わりつかせていた 沙紀は深呼吸をして怒りの感情から平常心を取り戻そうと努めた 痴漢にあった事は単なる事象 過ぎ去った事象 今の沙紀には何も関係がない 私は守られている 誰も私の心を傷つける事はできない 徐々に沙紀の心は穏やかに回復してきた 呼吸も静かになってきた 「オーラがピンク色に変わったね、もう大丈夫みたいよ」 マリさんの言ったとおり身体がすっと楽になった
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