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3 葛城さんの謎
翌日、私はタブレットの予約サイトを開いて、少し驚いた。
相談者の予約状況を確認すると、その中に葛城さんの名前があった。
昨日来たのに……
何故だろう……
引いたおみくじが気に食わなくて、もう一度引く人はよくいるけど、私のところに2日連続で来る人には会ったことが無い。
嬉しいといえば嬉しいけど、何となく怖いな……
間違えて登録したのかな?
最終時間の19時に予約が入っている。
私は、基本的に事前予約した人以外は鑑定しないことにしている。
ある程度、マイペースで仕事をしないと集中力が途切れがちになるし、疲労困憊してしまう。
予約が少なくて、よほど時間的に余裕がある時じゃない限り、飛び込みで来たお客さんには悪いけど、お断りしている。
◇
日中、4名の予約のお客さんの鑑定を終えたところで、私は、一息つくために、冷蔵庫からよく冷えたカフェオレを取り出した。
大ぶりのグラスに注いだカフェオレを、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいる時が私にとって至福の時間。
ふぅ……生き返る。
ふと、タブレット画面の時刻を確認すると、もうすぐ19時だ。
葛城さんは現れるのかな……
思う間もなく、チャイムが鳴ってドアが開いた。
「よろしいですか?」
昨日聞いた葛城さんの声だ。
「今日も予約していたんですね。」
私はタブレットを片付けながら葛城さんを席に案内した。
「迷惑でしたか?」
葛城さんは心配そうに聞いてきた。
「いえ、そうではありませんけど、昨日そんな話をしていなかったので、少しびっくりしました。」
「そうですか、すいません。
もう少し聞きたいことがあったもので。」
葛城さんは上着を脱ぐと頭を下げた
「別のご相談ですね、分かりました。
どのような内容ですか?お役に立てるといいんですけど……」
「それを聞いて安心しました。」
「はい、何でしょうか?」
葛城さんはイスに座り直した。
「それでは、お願いがあるのですが、YUKIさんの本名を教えてもらってもいいですか?」
「……」
私は唐突な想定外の質問に動揺した。
「えっ?本名?私の?」
紳士然とした人が興味本位の質問をするなんて……
さすがにそれはルール違反でしょ。
「その質問にはお答えできませんっ!」
私は無意識のうちに語気を強めた。
「まあ、やっぱりそうですよね。本名なんて、言えませんよね。」
葛城さんはバツが悪そうに下を向いた。
「はい、申し訳ありません。
私のプライベートに関する質問はお控え頂けますか?」
「うーーん。そうですか……
それでは、YUKIさんって、本当のお名前は真行寺由紀子さんと言うお名前じゃありませんか?」
葛城さんは、真顔になって、私との距離を詰めた。
な、何っ?怖っ!
どうして私の名前を知っているの??
「どうして……?」
「やっぱりそうなんですね。あなたは由紀子さんなんですね?
お母さんは房枝さん。」
「……?」
私は言葉を失っていた。唇が小刻みに震えているのが自分でも分かる。
一気に、目の前にいる男に恐怖を感じてきた。
「……なんか驚かせてしまったみたいですね?」
「……は、はい。」
私はようやく喉の奥から言葉を絞り出した。
そして、気づかれないように少しだけイスを下げて距離を取った
「実は私、葛城蒼司という者ですが、房枝さんの古い友人でした。」
「……お母さんの?」
私は僅かに警戒心を緩めた。
「はい。お母さんは、由紀子さんが10歳くらいの時にお亡くなりになりましたよね?」
「はい。そうですけど……」
私は葛城さんの視線から目を外さないようにした。
「あれから18年近くになりますか……
振り返ると、そんなに時間が経っている気がしません。」
葛城さんは、私がいることも忘れて、遠くを眺めるような目付きをして懐かしんでいるようだ。
古い友人って、どういう関係?
「子供の頃の私のことも知っていたんですか?」
「えっ?はい。会う機会はあまりありませんでしたけど、知っていました。」
「私がここで働いていることは、どうして分かったんですか?」
「……それは、たまたまなんです。
SNSでYUKIさんを紹介している投稿を見つけまして。
名前も似ているし、掲載されている写真の表情にも子供の頃の面影がありました。
でも、決してストーカーとかじゃありません。そこは信じてください。
懐かしくて、居ても立っても居られずに伺ってしまいました。」
「それじゃあ、私に相談があったんじゃ無かったんですね。」
「相談と言うか、はい、すみません。
でも、騙そうとか思っていたわけじゃありません、全く。
自分の人生の行く末が知りたかったのも事実です。」
「母の古い友人とおっしゃいましたけど、どのような関係だったのですか?」
「えっ?まあ、高校の同級生で遊び仲間でした。」
「遊び仲間ですか……」
「そんな危ない遊びはしていませんよ。
至極、健全な遊び仲間です。」
葛城さんはおどけたような表情をした。
私を和ませようとしたんだろうけど、さすがに無理。
「母の葬儀にはいらっしゃったんですか?」
「事情があって、残念ながら行くことが出来ませんでした。」
「葛城さんは、先程、懐かしくてここへ来たとおっしゃいましたけど、子供の頃の私に会ったことは、あまりなかったんですよね?」
「……そうですね。」
「それなのに私が懐かしいんですか?」
「あまり会えなかったから、余計に懐かしく感じています。」
「私は、葛城さんにとって、ただの旧友の子供に過ぎないじゃないですか?
だから、ほとんど会ったこともなかった。
懐かしいだなんて……」
「……」
葛城さんは口を開かない。
「18年もの長い間、会おうともしなかったのに、何故、今になって突然私の前に現れたんですか?」
「ですから、SNSで由紀子さんを紹介している投稿を見つけまして……」
「それまでにも会う機会はあったんじゃないですか?ありましたよね?」
私は溢れ出る疑問を止めることが出来なかった。
「……由紀子さんが怪しく思うのは無理もないでしょうね。
私も由紀子さんがこちらにいると分かった時、お会いしてよいものか迷いました。」
「そうでしょうね。ほとんど初対面に近いですから。」
「……そうですね。」
「葛城さんは本当に母と親しかったんですか?」
「はい、親しいほうだと思います。」
葛城さんが話す内容に猜疑心を抱いた私は、無意識のうちに詰問調になっていた。
やっぱり、心のどこかで疑っているのよね、私。
「失礼を承知でお聞きします。
葛城さんが私に会いに来た本当の理由は何ですか?
懐かしさからじゃないですよね?」
いつもと違って、私は葛城さんの輪郭ではなくて、目をじっと見据えた。
葛城さんは、私の視線に耐えかねたのか、目を逸らして、視線をテーブルに落としていた。
「……由紀子さんは私のことを覚えていないようだし、会うべきじゃなかったようだ。間違いだった。
もう、これで帰ります。」
そう言いながら、葛城さんは、テーブルに両手をかけて、やおら立ち上がった。
「ちょっと待ってくださいっ!
私の質問に答えてくださいっ!」
私の言葉が聞こえなかったかのように問い掛けには答えず、葛城さんは、上着を羽織ると、部屋から出ていった。
私は慌てて葛城さんの後を追った。
私が部屋の外へ出ると、葛城さんは階段を足早に降りているところだった。
「葛城さんっ!待って!」
私は階段の手すりに身を乗り出して叫んだ。
その時だった。
階段を駆け下りている葛城さんの背中に漆黒の闇がまとわりついているのが見えた。
???
私は、葛城さんを追いかけることを止めて、その場に立ち尽くして固まった。
そして、糸が切れたあやつり人形のように、全身の力が抜けて、ヘタヘタとその場に座り込んでしまった。
すると、隣の部屋にいたラウーラさんが、私の叫び声を聞きつけて部屋から出てきた。
「YUKIちゃん、大丈夫?
何かあったの?」
心配そうに私の顔を覗き込んできた。
私は壁に寄り掛かりながら、何とか立ち上がった。
「いいえ、大丈夫です。
お騒がせしてしまって、本当にすいません。
何でもありませんから。何でも……」
そう言いながらも、私の頭の中は真っ白だった。
◇
翌日。
今日は相談の予約が1件も入っていない。
と、言うよりも、事前に入っていた予約をキャンセルした。
私は昨日の出来事を整理し切れていない。何事も無かったように仕事ができる状態じゃない。
私が人の発する光彩を見ることができるようになって以来、18年ぶりに目にした漆黒の闇。
母が亡くなったあの日、アパートの外階段で見かけた闇と同じ。
あの時の闇を忘れたことは一度もない。片時も頭から離れはしない。
なので、間違いようがない。
まったく同じ闇。
そうすると、同じ闇をまとう人が2人ってこと?
……そんな訳ないよね。
昨日の会話の内容からしても、あの時、外階段でぶつかった人物は葛城蒼司。それが当然の帰結。
その前提に立つと、避けては通れない大きな問題にたどり着く。
母を刺した犯人は葛城さん?
……でも、断定はできない。
あの日、うちの部屋から葛城さんが出てきたところを目撃した訳ではない。外階段で出会っただけ。
それでも、この問題の答えを見つけなければならない。
母を刺した犯人が捕まることなんて、とっくの昔に諦めていた。
それがここに来て、18年の時間の隔たりが一気に消え去ったように感じる。
すぐそこに答えがあるような気がする。
自分で自分の光彩を見ることが出来れば、何かしらヒントがあるかも知れないけれど、それは無理。
もう何回も試したけど、直接観察できないと見えない。鏡に写った自分の姿じゃ駄目。
世の中、そんなに都合よくはいかない。
うーん……
仮に、葛城さんが犯人だとしても、今さら私の前に現れた理由は何?
危険を冒してまで、何故現れたの?
母をあんな目に遭わせた理由は何?
疑問が疑問を呼んで、何一つ解決できそうにない。
やっぱり、直接本人に聞くことが最善の策だ。他に知る術がない。
また、2人きりで会うのは危険かな。
でも、考えたくはないけど、私を襲う気だったら、そのチャンスはいくらでもあった。
そうなっていないんだから、その可能性は低いよね。そう自分に言い聞かせよう。
私は、開いていたタブレットの予約画面に葛城さんのメルアドを表示した。
『真行寺です。
残念ながら、昨日は帰られてしまって、私の質問にお答えいただけませんでした。
このままですと、今後お会いする機会が無くなるかも知れません。
是非ともお越しください。
ご予約、お待ちしております。』
私は送信ボタンに触れるとタブレットを静かに閉じた。
さて、葛城さんは、相談予約をして、私の前に現れるだろうか?
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