涙ほど役に立つものはない。

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 涙ほど役に立つものはない。  胸を締め付ける悲しみを身体の外へと流してしまえるのだから。  そう思っていたのに、恋が実らなかった今の悲痛と混乱を、洗い流してはくれなかった。  いつからあるのか思い出せないほどの恋心。  遥は、「これからも友達なのは変わらないよ」そう言ってくれた。  残酷なようにも聞こえるその言葉は、わたしを思い遣って出てきたもの。  わたしが、ひとりでは何もできない奴だと知っているから。  告白さえも、想い人から促されないとできない奴だから。  遥が恋をする相手は男の人で、女のわたしをそういう目で見ることはできない。  そのことは、知り合った小学生の頃から分かっていた。  十年近く側にいる間、遥は何度も恋をしている。  誰からも好かれるのに、実らない恋の方が多かった。  失恋した彼女を慰めるのがわたしの役目。  そのはずが、中学の半ばくらいから恋の話をしなくなった。  わたしの恋心に気付いたからだ。  なのに、気付かれたとは思いもしないまま、わたしは友達という地位に安住しつづけた。  その友達が、どれほど胸を痛めているのか知りもしないで。  遥はいつもわたしを助けてくれた。  想いを伝えてほしいと促したのも、わたしが前へ進めるよう願ってのこと。  それは受け容れられないと、はっきりと伝えるのは決して楽なことではない。  わたしのために苦しむ道を選択してくれたのに、わたしは涙で応えてしまった。  涙ほど楽なものはない。  自分の悲しみを一方的にぶつけてしまえるのだから。  涙ほど卑怯なものはない。  それを止められない言い訳をしなくていいのだから。  遥は泣きやまないわたしの頭を撫でつづけてくれた。  下唇を噛み、目尻を潤ませ、だけれど一滴たりとも頬を滑らすことなく。  遥はつなぎ止めようとしていた。  ふたりのこれまでを大切に想ってくれている。わたしには不相応なくらい。  わたしはなにも失っていないと、ようやく気付けた。  ふたりの結び付きは、お互いが求めるかぎり在りつづけるのだ。  ようやく涙が止まったわたしの頬を、遥が両てのひらで拭ってくれた。  顔中の力がどこかへ行った、いつもの無防備な笑みで。  涙ほど役に立つものはない。  胸をちくちくと刺す、恋心の尖りさえ溶かしてくれる。  溶けてちいさくなった恋心なら、胸の奥にそっと仕舞えそう。
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