チケット1/6

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 中学に入ってから翼は一人の女子に思いを寄せていた。それが菊池有希だった。他の生徒よりも頭一つ高くてすらりとした彼女に恥ずかしくも翼は入学してすぐに恋をした。しかし、翼の有希に対する思いは胸の内に秘められているだけでもちろん彼女には届かないでいた。翼に転機が訪れたのは中学三年生のクラス替え。最後の望みを託して教室に入ると、そこに有希はいた。これまで何の理由か一度も接点のなかった有希とこれからほぼ毎日顔を合わせることになる。うれしさと恥ずかしさで息が苦しくなったのが懐かしい。  有希はだれとでも仲良く接していたおかげで、翼とも平然と話してくれる。有希と話すたびに歓喜と落胆の起伏の激しい波を心に打ち寄せていた。  翼が一喜一憂している間に日々は瞬く間に流れて、気づけば中学生のイベントをすべて終えて三年生は受験一色の季節になった。  鬱々とした空気の中、教室で勉強していた翼はクラスメイトに呼ばれて男子トイレに入った。トイレの中には翼のほかにも友達が数人いた。 「翼、好きな人いるだろ」  突然問われて心臓が飛び跳ねた。そのまま口から体外に飛び出てしまわないように口を抑える。それがいることの返事だった。  聞けば、ここにいる友達全員に好きな人がいて、今日から一人ずつその想い人に告白するらしい。皆は照れ隠しなのかやけに吠えて士気を高めている。じゃんけんの結果、翼は最後、一週間後に決まった。  それから毎日放課後に集まっては当番の友達が想いを伝えて、その結果をトイレの中で報告した。ある友達は入ってくるなり「ホームラーン!」と拳を上げたり、ある友達は笑ってはいるものの生気が感じられなかったりと様々な結果を迎えていた。  そして七日後、翼は昼休みに有希の机の引き出しにメモを残した。その日は一日気が気でなかったし、午後からの授業は国語か数学かもわからなかった。  放課後になって翼はありもしない引き出しを探ったり、興味のない朝読書の本を読んだりして教室から人がいなくなるのを待った。  冬は日が沈むのが早い。蛍光灯のまばゆい光の下でしばらく待っていると後ろから聞き慣れた明るい声で「渡辺君」と呼ばれた。勢いよく立ち上がり、振り返ると有希が一人にこやかに立っていた。  覚悟はしていたもののいざ目の前にすると用意していた言葉は一瞬にして頭から消え去った。 「映画!」と二人の距離感以上の声量が翼の口から出た。あまりの突発の大声に有希は目を丸くして軽く口を開けたまま固まっている。翼は溜まったつばを飲み込んで、 「今度、一緒に映画を見に行きませんか」  沈黙を破ろうとした結果、告白ではなくてデートの誘いになってしまった。それでも今の翼には精いっぱいの気持ちだった。以前話したとき、有希の趣味が映画鑑賞だと聞いていたからか、咄嗟に、そして自然に出てきた。  逃げたくなるけれど聞きたい気持ちで強く目を閉じている翼の耳に有希の声が届いた。 「いつ?」  気のせいかと目を開けると有希は耳を赤くして首筋を触っていた。 「今週の日曜日とか!」 「その日は塾が入っていて」 「じゃあ来週?」 「来週はおばあちゃんちに行くことになっていて」 「くっ……」  言葉に窮してしまう。何もうまくいかない自分が恥ずかしい。落ち込む翼に聞こえたのは思いのほか有希の笑声だった。ころころと笑う有希を前に呆気にとられていると、 「日にちはまた決めよう。私、見たい映画があるんだ」  頷くよりほかはなかった。「じゃあね」と有希が教室を去った後もしばらく翼は手を振っていた。手が止まって沈黙な空気の中、翼の快哉は暗い廊下の奥まで響き渡った。  
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