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家に帰った有希は奥にしまっていた缶を開けた。そこにはあの日から三年後の二枚のチケットがある。有希が買ったものだ。これを持って謝ろうと思っていた。あの日をやり直せると思っていた。
しかし、もう必要がなくなった。持ち続ける意味も隠すこともなくなったのだ。
有希は二枚のチケットを台所のごみ箱に捨てた。
携帯が鳴って確認すれば、例の商社マンの男性からの返信だった。
『それでは当日お待ちしております』
まるで面接のような文面に苦笑して、
『こちらこそよろしくお願いいたします』と打って有希はごみ箱の蓋を閉じた。
日曜日。
アプリで知り合った彼が連れてきたのは映画館だった。
「有希さん映画がお好きと話していたので」
彼は満足げにそのまま券売機に行ってしまった。一人残された有希はとりあえず一人用のソファに腰かける。
仕事でほぼ毎日来ているものの、こうして客として来るのは久しぶりだった。
「お待たせしました。ついでに飲み物とかポップコーン買いましょう」
彼が買ってきてくれた券を受け取った有希はその場から動けなかった。付いてこない雪に気づいた彼は心配そうな顔をして戻ってきた。
「もしかして見られたことありますか」
いえ、と返すので精いっぱいだった。彼はほっと一息ついてから、
「新作ではないリバイバル作品ですけど、こういう味のある映画のほうがお好きだと思いまして」
有希は手に握られている券をもう一度見下ろす。彼が買ってきたのはあの、翼と観るはずだった映画だった。
飲み物も買ってくると言う彼に有希は「レモンティーを」とつぶやいた。
彼が意気揚々と購買へ向かう中、有希は手元の券から目が離せなかった。
「ここですね」
彼が先導した中央右側の席に有希たちは腰を下ろした。
彼がさっそくポップコーンをつまんでいる間、有希は首を巡らせた。観客は有希たちしかおらず、埃っぽい室内はやけに静かだった。
しばらくしてスクリーンの幕が開いて照明がゆっくりと落ちていく。彼の視線が気になっていたが、暗くなったと同時に感じなくなった。
その映画は思春期の男女の成長の物語だった。物語は淡々と進むが言葉や仕草一つが繊細で、誰しもが経験したことのあるなつかしさがあった。
どれくらい経っただろうか。気づけば有希は唇を噛みしめ、押し殺すように泣いていた。二人で見られなかったはずの映画はふとしたシーンに翼との思い出を彷彿させた。鼻をすすっても手で目元を拭っても涙は次から次へと零れていく。視界が滲むほど記憶が鮮明に色づいていく。
どうされましたか、と驚いた表情の彼に有希はただ首を振って、
「……ごめんなさい」
しかし、最後のエンドロールが流れるまで有希の涙が渇くことはなかった。
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