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 まるでそれは翼を待っていたかのようにそこにいた。  近所のショッピングモールへ買い物に来ていた田辺翼はエスカレーターの傍で立ち止まっていた。金曜日だからか、モール内は夜でも家族連れやカップルでにぎわっている。騒がしい中、翼は目前の掲示板に目を留めてしばらく経つ。掲示板には最新の映画に加えて期間限定のリバイバルのポスターが貼られている。その一つに見覚えがあった。  翼はその映画を見たことがない、しかし、とても想いれの深い映画がひっそりとそこにいた。  手には買ったばかりの野菜や冷凍食品がたっぷり入ったエコバッグがある。今から帰ってご飯を食べるつもりだ。  しかし、気づくと翼は上へ流れる段に足を置いていた。三階にある映画館に行くのは初めてだった。  映画館はまばらに人がいるだけで静かだった。翼は自動券売機にて一階で見た映画を選んで券を一枚購入した。もともと映画が苦手なのに加えて、二千円弱の値段は翼を映画館からさらに遠ざけていた。自然と今から見る映画とも疎遠になっていた。しかし、今 この時間はレイトショー価格で千三百円だった。  せっかく見るのだからと翼は売店に寄ってコーラのMサイズと塩味のポップコーンを買った。  買い終わったと同時に入り口に立つ店員が翼の見る映画の入場開始のアナウンスをかける。翼は「お願いします」と券を渡して、もいでもらった半券を手にシアターの中へ入った。  薄明るいシアターは四十人しか入らないほどの狭さで、翼のほかには老夫婦が並んで座っているだけだ。  翼は指定の席に座った。新たに観客が入ってくる様子はなくてしばらく静かな時間が続く。翼はポケットから財布を取り出して、そこから映画の券を取り出した。色褪せて、文字が薄れているそれは先ほど買ったものではない。日付は十五年前の冬、その日に翼はこの映画を一度見るつもりだった。  もぎられていない券が手元に二枚ある。この映画を見たいと言った菊池有希のことを久しぶりに思い出した。いや、本当はいつも心の中にあったけれどいつの間にか隠すことが上手になっていて気づかなかっただけだ。その証拠に十五年間お守りの様に財布にしまっていた。お守りと言うよりは足枷のほうが見合っている。  今日この映画に出会ったことは偶然ではない気がした。その時館内からふっと照明が消えて、幕が開く。  翼は顔を上げて手中にある二枚の券をそっと握った。
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