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「ねえ、ちょっと話があるの」
丑三つ時をとうに過ぎ、明け方ともなろうかという時刻。
さすがに宵っ張りの修哉も、寝静まってだいぶ経つ。アカネとグレが話していても反応しない。
「なんでしょうか」
アカネは左手を腰に当てて、ベッドの上で毛布にくるまっている修哉の姿に目を向ける。
「ここだとちょっとね……」
アカネが、右手の人差し指で天井を示す。
「上、いい?」
真顔でグレがうなずく。「わかりました」
このふたりには、構造物など障壁にならない。重力にもとらわれず、するりと天井を通り抜けて屋根の上に立つ。
周囲はまだ夜の闇に包まれている。最近は日中の日差しが強くなり、昼前には汗をかく気温が続くようになった。ただ、夜半ともなれば薄い上着を羽織らないと肌寒いと感じる。
修哉以外の他者には見えないふたりが、二階建ての住宅最上から周囲を見下ろす。風もなく、ひそやかに静まる世界。
穏やかな夜の帳に包まれ、まだ多くが眠りについている。
夜更けと早朝の狭間にあっても、一部の人間の活動はすでにはじまっている。
新聞配達のバイクがエンジン音を響かせ、止まっては郵便受けの差し出し口をがたつかせる音がする。ふたたび始動させ、次の家へと進んでいく。
アカネは屋根の半ばに立つが、足元がぼやけていてはっきりしない。ふわりと浮き上がり、屋根から空いた上空に座る姿勢をとった。
淡い水色の服の裾が風もないのに翻る。明るめの長い髪は、緩い曲線を描いて肩から腰へと流れる。均整のとれたその痩身は、彫像のように見栄えがする。
グレは、山型となっている屋根の頂点、棟の部分に直立していた。アカネとは対照的に、重量のある体型をしている。
夜の暗がりでは漆黒の背広姿に見える。流線形のサングラスで両眼を覆い、感情を露わにしない。その風貌は、境内を護る仁王像のような威圧感がある。
視える者には、生者が屋根の上で佇む姿として認識されるに違いない。
しばらく両者は黙したまま、静止していた。
「姐さん、大丈夫なんですか」
グレの問いかけに、アカネはちらりと振り返った。グレの居場所へと視線を向ける。
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