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忘れ物
こうして初めての耳鼻科は『急性中耳炎』と判断され、痛みの原因『膿』の処置をしてもらった。
中耳炎は、鼻の故障からくるそうで水が入ったからではないのだが、俺の場合は特別だ。
・もともと起こしかけてた中耳炎。
・水のおかげで綿棒による大胆な刺激。
こじらせる要因がそこにあった。
通院しなくなってから半年ほどたち、俺はまた母さんにお願いする。あの日以来、初めてだ。
「母さん、左耳が変だから見てみて」
俺の申し出を受けて母さんは、
「えー、怖いよー」
なんでだ。小一の息子の願いを自分の感情で拒否るのか。
「刺さっても知らないよ」
平気で怖いことを言ってくる。
俺は寝っ転がり、淡い信用を頼りに耳を預けた。
「えー! なんかあるよー」
なんかってなんだ? 母さんは綿棒じゃダメだと言って手芸用のピンセットを取ってきた。
ピンッセット! 絶対に寝ないで!
耳の穴に明かりが入るよう最大限に広げられた俺の耳。
母さんの息遣いが本気だ。
「もーちょい」
釣り上げ寸前の母さんの声は弾んでいるようだ。
《ズッポン!》
「取れたー! ね、すごいの釣ったよー」
やけにはしゃいでる母さんの高い声が、急に聞こえすぎる俺の耳には痛かった。
「俺スゲー聞こえてる」
母さんが釣り上げたそれは、黒っぽく化石化した『ガーゼ』だった。
それは、膿を抑えるのに入れっぱなしだった、耳鼻科医の忘れ物。
昔のことを思い出していると名前が呼ばれた。
俺の番だ。
ご無沙汰先生、今日は鼻で来たけど忘れ物はもう勘弁だぜ。
だけど俺は考える。
先生の取り忘れなのか、
はたまた、
母さんが勝手に通院をやめたのか。
(完)
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