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「ただいま」
彼女は小さく呟くと、黒いハイヒールを脱いで玄関からリビングへ向かう。
そしてリビングの木製のテーブルの上に黒い肩掛けカバンを置くと、右手に持っていた水のペットボトルの蓋を開け、水をゴクゴクと体内へ流し込む。
その後、彼女は大きなテレビに向かい合うようにして置かれたソファーに寝転ぶと、目を閉じて動かなくなった。
そんな彼女を見て、僕は呆気に取られていた。
本当に妻なのか?
いつもの完璧な彼女はそこにはいなかった。
何もかもに疲れ切ったという気持ちが、彼女の小さく丸まった背中から感じ取れる。
僕はそっと彼女に手を伸ばす。
背中を優しくさすろうと、恐る恐る伸ばした手。
その手は無情にも彼女をすり抜けた。
僕の目から涙が零れる。
ポツリポツリと零れた雫は線香花火のように輝きながら降下し、地面に落ちる寸前で光を放ち爆ぜる。
逆さまの花火を見ながら、僕は死を悔いた。
「なんで、僕は死んだんだ・・・」
言葉が空しく部屋の暗がりへ消えていく。
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