現世に戻った僕の最終日

4/15
前へ
/15ページ
次へ
「ただいま」 彼女は小さく呟くと、黒いハイヒールを脱いで玄関からリビングへ向かう。 そしてリビングの木製のテーブルの上に黒い肩掛けカバンを置くと、右手に持っていた水のペットボトルの蓋を開け、水をゴクゴクと体内へ流し込む。 その後、彼女は大きなテレビに向かい合うようにして置かれたソファーに寝転ぶと、目を閉じて動かなくなった。 そんな彼女を見て、僕は呆気に取られていた。 本当に妻なのか? いつもの完璧な彼女はそこにはいなかった。 何もかもに疲れ切ったという気持ちが、彼女の小さく丸まった背中から感じ取れる。 僕はそっと彼女に手を伸ばす。 背中を優しくさすろうと、恐る恐る伸ばした手。 その手は無情にも彼女をすり抜けた。 僕の目から涙が零れる。 ポツリポツリと零れた雫は線香花火のように輝きながら降下し、地面に落ちる寸前で光を放ち爆ぜる。 逆さまの花火を見ながら、僕は死を悔いた。 「なんで、僕は死んだんだ・・・」 言葉が空しく部屋の暗がりへ消えていく。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加