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ピンポーン!
インターホンの音が静寂に別れを告げる。
妻はゆっくり起き上がると、手櫛で髪を数回梳く。
そのまま彼女は玄関へ向かう。
僕も彼女を追って玄関へ向かう。
「はーい」と気の抜けた声を掛けながら、彼女は玄関の扉を開く。
「お邪魔してすみません」
「ようこそ。どうぞ上がっていってください」
「ありがとうございます。失礼します」
真新しい黒いスーツを着た男。
スーツ越しでもわかるほどの屈強な体つき。
スキンヘッドでオオカミの目のように鋭い眼光。
1㎝ほどに丁寧に整えられた顎髭。
町で見かけたら敬遠されるであろう見た目。
だが、僕は彼の可愛い一面を知っている。
幽霊やグロテスクな映画が大の苦手である男。
彼は僕の唯一の親友。
”坂本 峻汰(さかもと しゅんた)”
彼とは中学生からの仲だ。
彼は見た目によらずインドア派であり、運動は健康のためにジムに通っている程度だ。しかし、彼は筋肉を鍛える才能を持っているらしく、現役のスポーツ選手に引けを取らない肉体をしている。
現在は観光推進を行う企業に勤めている。
僕が亡くなるまでは月2回ほど飲みに行く友だった。
彼は妻の後ろについて、和室に足を運ぶ。
妻が襖を開いて和室の中の仏壇へ彼を促す。
すると、彼はトボトボと仏壇の前へ行く。
「線香をあげてもいいですか?」
妻に背を向けて立ったまま、彼は妻へ聞く。
妻は「はい」と目を落としながら告げる。
「ありがとうございます」
そう言うと、彼は置かれた座布団の上へ正座をして、自分のライターを取り出して線香に火をつける。
かりんとうの優しい匂いが立ち上がる。
彼は静かに手を合わせる。
何かを願うように必死に手を合わせる彼の背中に、僕は目を離せなくなっていた。いいや、離してはいけなかった。彼の思いを受け止めることが、僕の役割なのだから。
「馬鹿が…勝手に死ぬなよ。
まだ、お互いの家族で出かける約束すら果たしてないぞ・・・」
彼はぼやいた。
後悔、憤怒、軽蔑、友情・・・
それらの感情が混ざり合い、奇妙でありながらも妖美な笑顔を作りながら。
僕は彼の背へ「すまない」と力なく告げる。
その後、彼に今までの感謝と未来の幸を籠めて「ありがとう」と言った。
通じることもない。
一方通行の思いだが、僕は言わずには言えなかった。
人生の親友である彼へ。
彼の願いを受け取ったのだから。
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