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それから三年後の春。
福島は、大震災と大津波、原発の事故も相まって未曽有の悲劇と混乱に見舞われた。
僕が、この災害で真っ先に心を寄せたのはメルのことだった。
遠く離れて関西に身を置いていると、周りの人たちと同じく東北に知り合いや親戚がいないせいか、流通面の不具合やテレビカメラの向こうで起きている災害の風景にだけ目が向き、他人事のような感覚に流されることになりかねなかったが、それでも僕は「あのメルのいる福島が?」と強い衝撃を受けていた。
僕は彼女の身を案じ、自分にしてやれることがないかと思って、彼女のメールアドレスに安否を尋ねる文面を書き送った。
が、彼女はやはり吉原の仕事を辞めてからアドレスを変えたのだろう。数時間して受信した宛先不明のエラーメールに、僕は途方に暮れてしまった。
それからさらに三年くらいしてからだったと思う。もしや東京への避難がてら彼女が吉原の店に復帰していたら、と思い当たって店のサイトにアクセスしてみたことがある。
僕は目を見張った。所属女性スタッフの一覧をチェックすると、なんと「メル」という名前が見つかったのである。
当人かどうか確かめるべく、僕は祈るような気持ちでその女性のプロフィールを開けてみた。
が、彼女の名乗っていた源氏名と同じなのであって、彼女とは全くの別人だった。
思わず天を仰いだ。
喪失感が僕を包み込む。
目を閉じると、薄く開いた唇から、微かに息が漏れた。
不意に、彼女の面影が瞳の奥によみがえった。
背筋がまっすぐに伸びた彼女の涼しげな笑顔と、うつむき加減で泣きはらした赤い顔が僕の中で交錯する。
温かな記憶とともに。
僕は、ただそれだけで安堵した。
生きのびていてくれさえすれば、それでいい。たとえ、僕を忘れて暮らしていたとしても。
それなら僕らはまだつながっているだろう。
彼女を照らす今日の太陽がまた、等しくこの僕を照らしているのだから。
(了)
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