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きっとこれを言うためだけに八谷くんの家とは反対方向の私の家の近くまで、部活終わりに自転車を飛ばして来てくれたのだとわかってもうそれだけで、今日が。
頭の中だけじゃなくてちゃんと口に出そうと思って、さっきみたいな勢いではなく自分の意思で八谷くんの前に組まれた手に触れた。
手袋をしていない八谷くんの手はキンキンに冷えていて、それを私の両手で包み込む。私より十五センチ上にある八谷くんと目を合わせた。
「今日が特別な日になったよ」
八谷くんが来てくれただけで。こんな素敵な日はない。
そう満足した次の瞬間には八谷くんの右手が私の手を引いて、あれれ左手が背中を抱き寄せた。頬が触れるブレザーの感触とか目の前の八谷くんの首元とか。ありえないくらいドキドキして死にそうなほどなのにずっとこうしていたいような、矛盾。
「なんか甘いにおいがする」
耳に触れる八谷くんの声がくすぐったくて、ふふっと笑いが漏れた。
甘いにおいはさっき食べたマシュマロのせいだと思うけど、八谷くんの声も甘く笑っていたから同じにしたくて恋の甘さということにする。
少し緩んだ腕のなかで八谷くんを見上げると、慈しむようなすこし困ったような眼差しが降ってきて、ああ私と同じなんだなと思った。
八谷くんが野球の練習をしているあいだにしてた私の練習の成果をいかんなく発揮しようと、八谷くんの腕のなかで、用意していた言葉を口にする。
「八谷くん。あのね――」
〜おわり〜
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