マシュマロと恋の味

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 私にキスへのどうしようもない憧れを植え付けた愛読少女マンガを本棚から引っ張り出して、服で散らかった部屋の真ん中で、ときめくキスシーンを目を皿にして見返した。  鼻がぶつからないのは顔を傾けているからで、どちらに傾けているのかは全キスシーンを見直すとお互いが右に傾いている描写が多いからきっとスタンダードは右なのだろう。ひとつ解決した。あとは八谷くんが顔を左に傾けないことを祈るばかりだ。  そして、突然唇を奪われるシチュエーション以外では瞼は閉じて描かれているから私も目をつぶることにするならば、一つ目小僧の八谷くんは見えないようだ。またひとつ解決。  唇の消毒についてはマンガは教えてくれなかったけど、万が一に備えてアルコール配合ウェットティッシュをカバンに入れていくことにした。  自分の口臭がどの程度なのか確認するために、手で口を覆ってハァハァ息を吐いて鼻から吸い込んでみた。どうなんだこれは。そこでまた洗面所へ行って、歯磨き粉をしこたまつけてゴシュゴシュと歯磨きをした。うがいをして再び手で覆って嗅いでみると、歯磨き粉のにおいになった。しかしこの歯磨き粉のにおい成分は八谷くんとの相性はどうなのだろうか?  生物の授業で山田先生(ヤマセン)が話してた雑学を思い出す。恋愛では、全身の細胞に発現しているHLAとかいうタンパク質の型が遺伝的に遠ければ遠いほど惹かれる性質があり、相性の良さはにおいで判断できる、らしい。難しい話は置いといて、心地のいいにおいであれば生物学的に相性のいい恋人なのだ。  つまりこの歯磨き粉のにおいを八谷くんが良いにおいと思わないと私と相性がよくないと思われるかもしれない。同じ授業を受けていたからヤマセンの話は八谷くんも知っているはずだ。  その答えはバイブルにもどこにも書いてないしどうしようもない、と顔を覆ってハァとため息を吐くと、もう口は歯磨き粉ではなく特筆すべきことのないようなにおいになっていて、直後じゃなければ歯磨き粉の香りではないことに気づいた私は落ち着いた。
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