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二人で訪れた水族館で、真矢は無理に気分を上げていた。
大騒ぎなどはできないし、すぐ横の鷹司に「すごいキレイ!」「可愛いね!」などと小声でひっきりなしに話し掛けて。さぞや鬱陶しかったことだろう。
けれども、もう二度とこんな時間は持てないのだ、と考えると最後にしたいことを全部しておきたかった。今日だけは何も我慢したくなかった。
これでおしまいなのだから。
今までどうしてもねだれなかった彼の写真も、意外なほど気楽に頼める。最初で最後の一枚を。
以前、鷹司が「そういう可愛い格好似合うね」と笑ってくれた紺のダッフルコートを選んだ。二人で自撮りをしてもらうために。母が勝手に買って来て、高校生のようで好きではなかった服が、その瞬間から大のお気に入りになった。
光溢れる大水槽の前を選んだから逆光で暗い上、人に見られては困るので待ち受けにはできない。
それでも構わないから、真矢にとっては彼との『楽しい記憶』を閉じ込めた画像を宝物にするつもりだった。
「あー、暗くて顔が全然見えないよね。でも水槽前は外せないし、他の場所でも撮らない?」
俺のが手が長いから、と真矢のスマートフォンで撮影した画像を確認し、気遣ってくれる想い人。
──そういうの残酷だよ。だけど、それさえ嬉しい僕の方がきっとどうしようもないんだ。
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