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俺は「優しさ」というものを母親のお腹の中に置き忘れてきたらしい。目の前で泣きじゃくる穂乃花が言っているから間違いない。
穂乃花は大学出だ。中卒の俺とは頭の出来が違う。だが決して利口ではない。その証拠に俺と付き合っている。
穂乃花は大きな会社の正社員だ。俺はその会社に派遣の清掃員として入っている。誰も俺なんて気にしない。でも穂乃花だけが「いつもありがとうございます」と挨拶してくれた。そしていつの間にか俺の住むボロアパートに寄り付くようになっていた。
今日は「料理が不味い」と俺が言った事からケンカになった。
「初めてなんだからしょうがないじゃない」
穂乃花はそう言った。だが初めての物を人に食べさせる事自体間違っている。上手くなって人に食べさせるに値する腕になってから食べさせろ。そう言うと「初めてだから鷹斗に食べて貰いたかったんだもん」と言い返した。俺は実験台かと返すと「女の気持ちが分からない人だ」と泣き出した。
女の気持ちなんか分かるわけがない。俺は男だ。それに一番近くにいるはずの母親は、俺が10歳の時に家出してそれっきりだ。
穂乃花は泣きながら部屋から飛び出した。もう2度と来ないかもしれない。それならそれでいい。1人の方が気楽だ。1人なんて慣れっこだ。ずっとそうだったんだから。
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