今日は茶色がラッキーカラー

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    「今日の講義は、ここまでとします」  ボソボソした喋り方の担当教官がそう告げた時、窓側の席に座っていた千代子(ちよこ)は、教室の黒板ではなく、外の景色を眺めていた。  大学の授業は、中学や高校までと比べて、一コマの時間が長い。午前二コマ、午後二コマが基本のスケジュールであり、今日のように午後も三コマ目まである日は、憂鬱な気分になるくらいだ。窓から見える空の色も、爽やかな青ではなく、すっかり夕方の色に変わっていた。 「五限まであると、やっぱり長いねー」  隣に座る友人から声をかけられて、千代子は振り返る。  この校舎は緑の木々に囲まれているので、今まで目に映っていたのは、まるで一枚の風景画だった。それが一気に、大学生だらけの教室という、日常の光景に戻る。皆が帰り支度を始めており、既に教室から出ていった者もいるようだ。  そうした様子を視界に入れながら、友人に対して、千代子は適当に返した。 「うん、そうだね。疲れるよね」 「この後どうする? こんな時間だし、何か食べに行かない?」  後ろから、別の友人も話しかけてきた。  夕食には少し早い気もするが、女同士でおしゃべりしているうちに、それくらいの時間になるだろう。一緒に行きたいのは山々だが、千代子は首を横に振る。 「ごめん、私はパス。サークルあるから」 「あら、それは残念。合唱団だっけ?」 「うん、今日は練習日なんだ」  違うと言いたくなる気持ちを抑えつつ、千代子は頷いた。  千代子が(かよ)っているのは、いわゆる単科大学(カレッジ)ではなく総合大学(ユニバーシティ)。一学年が何千人という規模の、大きな大学だ。その分、学内のサークルもたくさんあって、千代子の趣味である合唱だけでも、三つのサークルが存在していた。  一つは男声合唱のためのサークルであり「グリークラブ」というカタカナ名称。「〇〇大学合唱団」という団体は、大学名を冠しているにもかかわらず、女性は同じ市内の女子大から集めるという、インカレサークルだった。  千代子が入っているサークルは、純粋に同じ大学の学生だけで構成されている。サークル名に『合唱団』の言葉は含まれておらず、代わりに『音楽研究会』という堅苦しい名前になっていた。だから関係者の間で『合唱団』と言えば別のサークルを示すし、『合唱団』と呼ばれるのは、千代子としては少し抵抗があるのだが……。  合唱に興味のない友人なのだから、それを言ってもわからないだろう。千代子は心の中だけで苦笑いして、視線を教室の前方へと向けた。 「先生、ここなんですけど……」  一人の男子学生がノートを開きながら、立ち去ろうとする担当教官をつかまえて、熱心に質問を浴びせている。  彼は千代子にとって、学部の友人であると同時に、同じサークルの仲間でもあった。  あれではサークルに遅れそうだ。そう思いながら、千代子は小さく独り言を口にする。 「玲斗(れいと)は真面目だなあ。相変わらず」    
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