僕の家族

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 自宅の階段に座って、生のニンジンを食べていた。  野菜スティックなどという加工はせず、皮もむかず、ただ表面を水洗いしただけの、縦長に円錐状のニンジンである。  ポッキーみたいにカリカリかじれるかと思ったら、生のニンジンはそんなものではなかった。  前歯では(文字通り)歯が立たず、奥歯でかじりとる、というよりは消しゴムをかけるように削っていった。  大学は昨日から休みだった。  休日の昼食に生のニンジンを自宅の階段でかじっている人間とは日本にどれくらいいるんだろうと気になった。  ほんの二メートル先の居間では、父親が、昼間からステーキを焼いている。  ホットプレートも分厚い牛肉もディジョンのマスタードも、父親が自分で買ってきた。  僕は自分のアルバイト代を鑑みて、生のニンジンをかじることにした。  だからそれぞれ、別々に昼食を食べている。  姉は三年ほど前に、千葉県柏駅の駅前でしゃがんだまま四年間ほど仕事どころかアルバイトも作詞も作曲もしなかった自称路上ミュージシャン(楽器は使えない)との婚前交渉により子供ができて結婚して家を出た。  姉夫婦は夫のほうが結構年下で、そのせいもあって向こうの親が結婚には大反対したそうだが、こっちにしてみれば穀潰しみたいなニートに真人間となるチャンスを与えたようなものなので、別に悪いことはしていないという見解で、家族内では意見が一致していた。  母親は五年ほどに渡る長期入院中である。  大学生になった妹は、夜遅く帰宅する生活がしばらく続いていたが、最近では家に帰ってもこない。  一つ屋根の下で暮らしてきた五人家族は、この数年で急速に一人ずつになっていった。  姉はとうに離婚してシングルマザーになっていたが、それでもこの家に戻ってこない。  ニンジンの五十パーセントほどをようやくかじり、さてこれからいよいよ太く固くなっていくぜと腹をくくった時、階段の目の前にある玄関のドアが開いた。  そこには妹が立っていた。  珍しく昼間に帰ってきたのだ。  彼女は、頭の上に、巨大なクエスチョンマークを浮かべて訊いてきた。 「お兄ちゃん、なにしてるの……?」 「僕はニンジンをかじっている」  妹は耳をそばだてた。  居間から、分厚いステーキが焼かれるじゅうじゅうという音が響いてくる。
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