彼女の特別な一日

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 無事に試験開始時刻前に会場へ間に合った舞香。  始まる前、隣の席の女子がクシャミをして震えているのが見えた。 「大丈夫?」  思わず声をかける舞香に、女子は苦笑する。 「思ったよりこの中寒くて」  確かに会場内は冷えていて薄ら寒い。  隣の女子の顔は青白く、心配になる程だ。 「待ってて」  舞香は鞄の中をごそごそと漁り始めた。 「舞香、カイロなら丸石スーパーの袋の中に入ってる。この前お母さんと買いに行ったでしょ」  ここでも彼女の推理は当たった。 「あった!」  舞香はスーパーの袋から貼るタイプのカイロを二つ出し、隣の女子に手渡した。 「これ、使って」 「いいの?」  舞香は少し得意げに微笑む。 「この前お母さんと爆買いしたから、たくさん持ってるの」  隣の女子もホッとしたように笑った。 「ありがとう。なんだか緊張ほぐれた」  二人で微笑み合うシーンを、じんと感極まりながら見守る彼女。 「頑張れ!舞香!」  いよいよ試験が始まった。  最初は順調に問題を解き進めていた舞香だが、ある時、シャーペンを持つ手が止まった。 「舞香……?」  彼女は舞香の異変がすぐにわかった。  緊張で腹痛を起こしている。  お腹を手で押さえ顔を歪ませる舞香に、彼女はテレビの前で焦燥感を募らせるしかなかった。 「舞香、大丈夫……」  ああ、神様。  彼女は両手を組み、跪いて呟いた。 「ダイジョウブ、ダイジョウブ、マイチャンだったら、ダイジョウブ」  呪文のような言葉を何度も唱える。  舞香が幼少期から、母親と一緒に呟いていた言葉だった。  辛いとき、苦しいとき、何度も何度も繰り返した言葉。  彼女は舞香の大ファンだから、そんなことまで知っている。 『ダイジョウブ、ダイジョウブ、マイチャンだったら、ダイジョウブ』  その時、テレビから舞香の声が響いた。  舞香の心の声だ。  舞香もその呪文を、忘れてはいなかった。 「ダイジョウブ、ダイジョウブ」 「ダイジョウブ、ダイジョウブ」  舞香、あなたなら大丈夫。  何があっても、あなたなら乗り越えられる。  私、今はただのファンだけど、あなたのことをずっと見てきた。  試験官の声が響き、終了の時間が訪れた。 「舞香ちゃん、さっきはありがとう。おかげで最後まで頑張れたよ」  隣の席だった女子と共に、舞香は朝来た道を戻り最寄り駅へ向かう。  二人とも表情は晴れやかだ。 「舞香ちゃんはどうだった?」 「……バッチリ!」  女子に向かってピースサインをして満面の笑みを見せる舞香が画面一杯に映り、彼女は泣き崩れた。 「良かった。舞香、良かった……」  次回は入試の結果発表編だ。 「舞香なら、大丈夫」  彼女がいつまで舞香の物語を見届けられるかはわからない。  だけど彼女にとって、いつまでも舞香は物語の主人公だ。 「ありがとう、お母さん」  舞香は雪がやみ光が射した空を見上げ、涙混じりに微笑みかけた。 ____「舞香、お母さんずっと見守っているからね」  彼女の部屋の窓から見える景色も、いつの間にか光に満ち溢れていた。
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