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余命80年
日本人の平均寿命が80歳になってのはさ、みんなが80くらいで安らかに死ねるってことじゃないと思うんやよね、不慮の事故で死んでいった人たちと、百年生きた人たちの中間地点が80なだけでさ。
「余命〇〇なんやって、アタシ」
電車のブレーキ音にかき消されて、一番大事なところは聞こえなかった。フミはリュックサックを背負いなおして、鈍行列車へと乗り込む。
アタシは35くらいでいい感じに死ねたらいいのに、って思うんよ。たぶん結婚もできないしさ、かといってキャリアウーマンになれるわけじゃなさそうじゃん?やったら、世の中の厳しさを知りつつ、絶望はまだしないくらいの35歳で死んだ方がよくない?
「なんか言った?」
リュックを下ろして、青緑色のシートに身を委ねたフミに問いかける。フミの茶髪はウィッグだからか、根元から綺麗なカプチーノ色だった。
「いや、別に。なんもあらへんよ」
フミの可笑しな方言と、ファッションが始まったのはいつだっただろう。元々は短髪で、髪も黒くて、名古屋弁まじりの標準語を話していたフミが、「あいつ」の真似をし始めたのは、いつからだっただろうか。
「フミ、そういうのやめなよ」
涼太はなんか長生きしそうやわ。そうだ、アタシのお葬式でお手紙読んでや。なんだっけ、謝辞みたいなやつ。
「はあーあ。涼太、アタシはフミじゃないって言ってるやろ。フミはもう死んだんよ。思い出させんといて」
フミはそう言って茶色の毛先を手で巻き取った。このやり取りはもう17回目で、いつまでたっても学習しないフミと俺は、今日もがら空きの銀白色の列車に乗っている。
「涼太、就活どうなん?内定決まった?」
フミは不健康そうだから、アタシのお葬式には来れんかもなあ。まあ、フミの墓には涼太連れてって、ちゃんとハリボー供えておくから、安心しといてや。
「…まあまあってとこ。本命はまだ先だし」
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