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その世界史教師はラリホーを唱える
人生の中で、忘れられない教師が、一人か二人は、いませんか?
僕にとっては、それは、高校二年生のときに出会った、世界史の高木先生だ。
おそらく、年齢は四十代半ば。
何てことはない、おじさんの先生だ。
高木先生は、いつも、にこにこ笑っていて、決して怒鳴ったりはしない。
とても温厚な先生だ。
僕は、高木先生が大好きだ。
だけど、温厚だから好きになったわけではない。
温厚な先生なら他にもいる。
高木先生の魅力は何か?
それは、授業だ。
ああ、間違ってはいけない。
こんなことを言うと、高木先生は悲しむだろうけど…
授業が分かりやすいとか。
力がついたとか。
そういうことではない。
高木先生の魅力は、何といっても、
楽しそうに話すことだ。
授業をしている時の高木先生は、とても楽しそうだ。
はっきり言って、授業の内容は覚えていない。
ただ、目を輝かせながら、活き活きと話をする高木先生が好きだった。
ああ、世界史が本当に好きなんだなぁ。
まるで、少年のようだなぁ。
話している高木先生、幸せそうだなぁ。
そんなことを思いながら、僕は授業を受けていた。
高木先生が授業をしている姿を見ているだけで、何だか僕も幸せな気持ちになれた。
だから、僕は高木先生の授業を受けるのが大好きだった。
しかし、いつの頃からだろう、非常に不本意な現象が起こり始めた。
それは、もう、どうにも抗えない。
睡魔である。
高木先生の優しい語り口が、独特のリズムを刻む。
朗らかで、楽しそうな、心地よい声が、僕を眠りの世界へと誘う。
周りを見渡すと、一人、また一人と眠りの世界の住人が増えていく。
学級の仲間が、バタバタと倒れていく中、僕は大好きな先生に悲しい思いはさせまいと、必死に眠気を堪えた。
太腿を思い切り抓ったり、シャーペンの先で手の甲を刺してみたり。
しかし、そんな抵抗も虚しく、僕の瞼は次第に閉じられていった。
いつしか、高木先生は、学級の仲間から、ラリホーと呼ばれるようになっていた。
とある人気のロールプレイングゲームに登場する眠りの呪文。
それが、ラリホーだ。
レベルが低いときに覚えることができる呪文で、敵を倒すのに、とても重宝した。
しかし、自分が受けるとなると話は別だ。
こんな手強い呪文は他にない。
学級の仲間は、高木先生のラリホーの前に、呆気なく沈黙する。
だけど、高木先生は、そんなことにお構いなく、楽しそうに授業を続けた。
たとえ、パーティー(学級の仲間)が全滅しようとも。
ただ、僕は、がんばった。
ラリホーにかかれば、かかるほど。
眠れば、眠るほど、僕は燃えた。
僕は、そこらで眠っている級友達とは違う。
眠りたくて、眠っている訳ではないんだ。
それを証明するために、僕は、テストでいい点を取り続けた。
必死に勉強して、一年間、平均八十五点以上をキープした。
最高は九十六点。今でも覚えている。
ちなみに、学級の平均点は、概ね四十点台だ。
僕は、そんな形で、高木先生へのリスペクトの気持ちを表し続けた。
しかし、高校三年生になると、世界史の教師が変わった。
もう、僕が勉強する意味はなくなった。
高木先生をリスペクトしている生徒がここにいる、と証明する必要がなくなったから。
僕のテストの点数は大きく下がった。
だけど、そんなこと、僕には、どうでもよかった。
僕と、その世界史教師との闘い?は終わった。
結局、僕は高木先生のラリホーに、打ち勝つことはできなかった。
そして、高木先生は僕の中で、忘れられない伝説の教師へとレベルアップした。
チャララ、チャッ、チャッ、チャー♪
おしまい
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